ほゝきい。
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何時も、悲しい時に泣きあげて居た、あの聲ではなかつた。「をゝ此身は」と思つた時に、自分の顏に觸れた袖は袖ではないものであつた。枯れ原《フ》の冬草の、山肌色をした小な翼であつた。思ひがけない聲を、尚も出し續けようとする口を、押へようとすると、自身すらいとほしんで居た柔らかな唇は、どこかへ行つてしまつて、替りに、さゝやかな管のやうな喙が來てついて居る――。悲しいのか、せつないのか、何の考へさへもつかなかつた。唯、身悶えをした。するとふはり[#「ふはり」に傍点]と、からだは宙に浮き上つた。留めようと、袖をふれば振るほど、身は次第に、高く翔り昇つて行く。五日月の照る空まで……。その後《ゴ》、今の世までも、
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ほゝき ほゝきい ほゝほきい。
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と鳴いてゐるのだ、と幼い耳に染《シ》みつけられた、物語りの出雲の孃子が、そのまゝ、自分であるやうな氣がして來る。
郎女は、徐《シヅ》かに兩袖《モロソデ》を、胸のあたりに重ねて見た。家に居た時よりは、褻《ナ》れ、皺立《シワダ》つてゐるが、小鳥の羽《ハネ》には、なつて居なかつ
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