人が――いや人群《ヒトムレ》が、とりまいて居た。唯、あの型ばかり取り殘された石城《シキ》の爲に、何だか屋敷へ入ることが、物忌み――たぶう[#「たぶう」に傍点]――を犯すやうな危殆《ヒアヒ》な心持ちで、誰も彼も、柵まで又、門まで來ては、かいまみしてひき還すより上の勇氣が、出ぬのであつた。
通《カヨ》はせ文《ブミ》をおこすだけが、せめてものてだて[#「てだて」に傍点]ゞ、其さへ無事に、姫の手に屆いて、見られてゐると言ふ、自信を持つ人は、一人としてなかつた。事實、大抵、女部屋の老女《トジ》たちが、引つたくつて渡させなかつた。さうした文のとりつぎをする若人《ワカウド》―若女房―を呼びつけて、荒けなく叱つて居る事も、度々見かけられた。
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其方《オモト》は、この姫樣こそ、藤原の氏神にお仕へ遊ばす、清らかな常處女《トコヲトメ》と申すのだ、と言ふことを知らぬのかえ。神の咎めを憚るがえゝ。宮から恐れ多いお召しがあつてすら、ふつ[#「ふつ」に傍点]においらへを申しあげぬのも、それ故だとは考へつかぬげな。やくたい者。とつとゝ失せたがよい。そんな文とりついだ手を、率《イザ》川の一の瀬で淨
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