娘を守つた邑々も、段々えたい[#「えたい」に傍点]の知れぬ村の風に感染《カマ》けて、忍び夫《ヅマ》の手に任せ傍題《ハウダイ》にしようとしてゐる。さうした求婚《ツマドヒ》の風を傳へなかつた氏々の間では、此は、忍び難い流行であつた。其でも男たちは、のどかな風俗を喜んで、何とも思はぬやうになつた。が、家庭の中では、母・妻・乳母《オモ》たちが、いまだにいきり立つて、さうした風儀になつて行く世間を、呪ひやめなかつた。
手近いところで言うても、大伴宿禰にせよ。藤原朝臣にせよ。さう謂ふ妻どひ[#「妻どひ」に傍点]の式はなくて、數十代宮廷をめぐつて、仕へて來た邑々のあるじの家筋であつた。
でも何時か、さうした氏々の間にも、妻迎への式には、
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八千矛の神のみことは、とほ/″\し、高志《コシ》の國に、美《クハ》し女《メ》をありと聞かして、賢《サカ》し女《メ》をありと聞《キコ》して……
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から謠ひ起す神語歌《カミガタリウタ》を、語部に歌はせる風が、次第にひろまつて來るのを、防ぎとめることが出來なくなつて居た。
南家の郎女《イラツメ》にも、さう言ふ妻覓《ツママ》ぎ
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