り行く時見る毎に、心|疼《イタ》く 昔の人し 思ほゆるかも
[#ここで字下げ終わり]
目をあげると、東の方春日の杜《モリ》は、谷陰になつて、こゝからは見えぬが、御|蓋《カサ》山・高圓《タカマド》山一帶、頂が晴れて、すばらしい春日和になつて居た。
あきらめがさせるのどけさなのだ、とすぐ氣がついた。でも、彼の心のふさぎのむし[#「ふさぎのむし」に傍点]は迹《アト》を潜めて、唯、まるで今歩いてゐるのが、大日本平城京《オホヤマトヘイセイケイ》の土ではなく、大唐《ダイタウ》長安の大道の樣な錯覺の起つて來るのが押へきれなかつた。此馬がもつと、毛竝みのよい純白の馬で、跨つて居る自身も亦、若々しい二十代の貴公子の氣がして來る。神々から引きついで來た、重苦しい家の歴史だの、夥しい數の氏人などから、すつかり截り離されて、自由な空にかけつて居る自分でゞもあるやうな、豐かな心持ちが、暫らくは拂つても/\、消えて行かなかつた。
おれは若くもなし。第一、海東の大日本人《オホヤマトビト》である。おれには、憂鬱な家職が、ひし/\と、肩のつまるほどかゝつて居るのだ。こんなことを考へて見ると、寂しくてはかない氣もするが、
前へ
次へ
全157ページ中75ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング