んで居る。向うには、低い山と、細長い野が、のどかに陽炎《カゲロ》ふばかりである。
資人の一人が、とつと[#「とつと」に傍点]ゝ追ひついて來たと思ふと、主人の鞍に顏をおしつける樣にして、新しい耳を聞かした。今行きすがうた知り人の口から、聞いたばかりの噂である。
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それで、何か――。娘御の行くへは知れた、と言ふのか。
はい……。いゝえ。何分、その男がとり急いで居りまして。
この間拔け。話はもつと上手に聽くものだ。
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柔らかく叱つた。そこへ今《モ》一人の伴《トモ》が、追ひついて來た。息をきらしてゐる。
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ふん。汝《ワケ》は聞き出したね。南家《ナンケ》の孃子《ヲトメ》は、どうなつた――。
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出|端《ハナ》に油かけられた資人《トネリ》は、表情に隱さず心の中を表した此頃の人の、自由な咄し方で、まともに鼻を蠢して語つた。
當麻の邑まで、をとゝひ夜《ヨ》の中に行つて居たこと、寺からは、昨日午後横佩|墻内《カキツ》へ知らせが屆いたこと其外には、何も聞きこむ間のなかつたことまで。家持の聯想は、環のやうに繋つて、暫ら
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