終わり]
此だけの語が言ひ淀み、淀みして言はれてゐる間に、姥は、郎女の内に動く心もちの、凡は、氣《ケ》どつたであらう。暗いみ燈《アカシ》の光りの代りに、其頃は、もう東白みの明りが、部屋の内の物の形を、朧ろげに顯しはじめて居た。
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我が説明《コトワケ》を、お聞きわけられませ。神代の昔びと、天若日子《アメワカヒコ》。天若日子こそは、天《テン》の神々に弓引いた罪ある神。其すら、其|後《ゴ》、人の世になつても、氏貴い家々の娘|御《ゴ》の閨《ネヤ》の戸までも、忍びよると申しまする。世に言ふ「天若《アメワカ》みこ」と言ふのが、其でおざります。
天若みこ。物語りにも、うき世語《ヨガタ》りにも申します。お聞き及びかえ。
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姥は暫らく口を閉ぢた。さうして言ひ出した聲は、顏にも、年にも似ず、一段、はなやいで聞えた。
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「もゝつたふ」の歌、殘された飛鳥の宮の執心《シフシン》びと、世々の藤原の一《イチ》の媛に祟る天若みこも、顏清く、聲心惹く天若みこのやはり、一人でおざりまする。
お心つけられませ。物語りも早、これまで。
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