》が胸に浮ぶ。郎女は、昨日までは一度も、寺道場を覗いたこともなかつた。父君は家の内に道場を構へて居たが、簾越しにも聽|聞《モン》は許されなかつた。御經《オンキヤウ》の文《モン》は手寫しても、固より意趣は、よく訣らなかつた。だが、處々には、かつ/″\氣持ちの汲みとれる所があつたのであらう。さすがに、まさかこんな時、突嗟に口に上らう、とは思うて居なかつた。
白い骨、譬へば白玉の竝んだ骨の指、其が何時までも目に殘つて居た。帷帳《トバリ》は、元のまゝに垂れて居る。だが、白玉の指ばかりは細々と、其に絡んでゐるやうな氣がする。
悲しさとも、懷しみとも知れぬ心に、深く、郎女は沈んで行つた。山の端に立つた俤びとは、白々《シロヾヽ》とした掌をあげて、姫をさし招いたと覺えた。だが今、近々と見る其手は、海の渚の白玉のやうに、からびて寂しく、目にうつる。
長い渚を歩いて行く。郎女の髮は、左から右から吹く風に、あちらへ靡き、こちらへ亂れする。浪はたゞ、足もとに寄せてゐる。渚と思うたのは、海の中道《ナカミチ》である。浪は、兩方から打つて來る。どこまでも/\、海の道は續く。郎女の足は、砂を踏んでゐる。その砂すらも
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