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まことに畏しいと言ふことを覺えぬ郎女にしては、初めてまざ/″\と、壓へられるやうな畏《コハ》さを知つた。あゝあの歌が、胸に生《イ》き蘇《カヘ》つて來る。忘れたい歌の文句が、はつきりと意味を持つて、姫の唱へぬ口の詞から、胸にとほつて響く。乳房から迸り出ようとするときめき。
帷帳《トバリ》がふはと、風を含んだ樣に皺だむ。
つい[#「つい」に傍点]と、凍る樣な冷氣――。
郎女は目を瞑つた。だが――瞬間睫の間から映《ウツ》つた細い白い指、まるで骨のやうな――帷帳《トバリ》を掴んだ片手の白く光る指。
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なも 阿彌陀ほとけ。あなたふと 阿彌陀ほとけ。
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何の反省もなく、唇を洩れた詞。この時、姫の心は、急に寛ぎを感じた。さつと――汗。全身に流れる冷さを覺えた。畏《コハ》い感情を持つたことのないあて人の姫は、直《スグ》に動顛した心を、とり直すことが出來た。
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なう/\。あみだほとけ……。
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今一度口に出して見た。をとゝひまで、手寫しとほした、稱讃淨土經《シヨウサンジヤウドキヤウ》の文《モン
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