くつけ添へて聞かした。
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ともあれ此上は、難波津へ。
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難波へと言つた自分の語に、氣づけられたやうに、子古は思ひ出した。今日か明日、新羅問罪の爲、筑前へ下る官使の一行があつた。難波に留つてゐる帥の殿も、次第によつては、再太宰府へ出向かれることになつてゐるかも知れぬ。手遲れしては一大事である。此足ですぐ、北へ※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]つて、大阪越えから河内へ出て、難波まで、馬の叶ふ處は馬で走らう、と決心した。
萬法藏院に、唯一つ飼つて居た馬の借用を申し入れると、此は快く聽き入れてくれた。今日の日暮れまでには、立ち還りに、難波へ行つて來る、と齒のすいた口に叫びながら、郎女の竪帷《タツバリ》に向けて、庭から匍伏した。
子古の發つた後は、又のどかな春の日に戻つた。悠々《ウラヽヽ》と照り暮す山々を見せませう、と乳母が言ひ出した。木立ち・山陰から盜み見する者のないやうに、家人《ケニン》らを、一町・二町先まで見張りに出して、郎女を、外に誘ひ出した。
暴風雨《アラシ》の夜、添下《ソフノシモ》・廣瀬・葛城の野山を、かち[#「かち」に傍点]ある
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