。重苦しい石城《シキ》。懷しい昔構へ。今も、家持のなくなしたくなく考へてゐる屋敷※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りの石垣が、思うてもたまらぬ重壓となつて、彼の胸に、もたれかゝつて來るのを感じた。
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おれには、だが、この築土垣を擇《ト》ることが出來ぬ。
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家持の乘|馬《メ》は再、憂欝に閉された主人を背に、引き返して、五條まで上つて來た。此邊から、右京の方へ折れこんで、坊角《マチカド》を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]りくねりして行く樣子は、此主人に馴れた資人《トネリ》たちにも、胸の測られぬ氣を起させた。二人は、時々顏を見合せ、目くばせをしながら尚、了解が出來ぬ、と言ふやうな表情を交しかはし、馬の後を走つて行く。
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こんなにも、變つて居たのかねえ。
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ある坊角《マチカド》に來た時、馬をぴたと止めて、獨り言のやうに言つた。
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……舊《フル》草に 新《ニヒ》草まじり 生ひば 生ふるかに――だな。
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近頃見つけた歌※[#「にんべん+舞」、第4水準2−3−4]所《カブシヨ》の古記録「東歌《アヅマウタ》」の中に見た一首がふと、此時、彼の言ひたい氣持ちを、代作して居てくれてゐたやうに、思ひ出された。
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さうだ。「おもしろき野《ヌ》をば 勿《ナ》燒きそ」だ。此でよいのだ。
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けゞんな顏を仰《アフム》けてゐる伴人《トモビト》らに、柔和な笑顏を向けた。
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さうは思はぬか。立ち朽りになつた家の間に、どし/″\新しい屋敷が出來て行く。
都は何時までも、家は建て詰まぬが、其でもどちらかと謂へば、減るよりも殖えて行つてゐる。此邊は以前、今頃になると、蛙めの、あやまりたい程鳴く田の原が、續いてたもんだ。
仰るとほりで御座ります。春は蛙、夏はくちなは、秋は蝗まろ。此邊はとても、歩けたところでは御座りませんでした。
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今一人が言ふ。
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建つ家もたつ家も、この立派さは、まあどうで御座りませう。其に、どれも此も、此頃急にはやり出した築土垣《ツキヒヂガキ》を築《キヅ》きまはしまして。何やら、以前とはすつかり變つた處に、參つた氣が致します。
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