下げ]
おいとほしい。お寒からうに。
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十一
山の躑躅の色は様々である。色の一つのものだけが一時に咲き出して、一時に萎《しぼ》む。さうして、凡一月は、後から後から替つた色のが匂ひ出て、若夏の青雲の下に、禿げた岩も、枯れた柴木山も、はでなかざしをつける。其間に、藤の短い花房が、白く又紫に垂れて、老い木の幹の高さを切なく寂しく見せる。下草に交つて馬酔木《あしび》が雪のやうに咲いても、花めいた心を、誰に起させることもなしに過ぎるあはれさだ。
もう此頃になると、山は厭はしいほど緑に埋れ、谷は深々と、繁りに隠されてしまふ。郭公《くわつこう》は早く鳴き嗄らし、時鳥が替つて日も夜も鳴く。
草の花が、どつと怒濤の寄せるやうに咲き出して、山全体が花原見たやうになつて行く。里の麦は刈り急がれ、田の原は一様に青みわたつて、もうこんなに伸びたかと驚くほどになる。家の庭苑にも、立ち替り咲き替つて、植ゑ木、草花が何処まで盛り続けるかと思はれる。だが其も一盛りで、坪はひそまり返つたやうな時が来る。池には葦が伸び蒲が秀《ほ》き、藺《ゐ》が抽んでる。遅々として、併し忘れた頃に
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