まで来た。
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朱雀大路も、こゝまで来ると、縦横に通る地割りの太い路筋ばかりが、白々として居て、どの区画にも/\、家は建つて居ない。去年の草の立ち枯れたのと、今年生えて稍茎を張り初めたのとがまじりあつて、屋敷地から喰み出し道の上にまで延びて居る。
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こんな家が……。
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驚いたことは、そんな雑草原の中に、唯一つ大きな構への家が、建ちかゝつて居る。遅い朝を、もう余程、今日の為事に這入つたらしい木の道[#「木の道」に傍点]の者たちが、骨組みばかりの家の中で立ちはたらいて居るのが見える。
家の建たぬ前に、既に屋敷廻りの地形《ちぎやう》が出来て、見た目にもさつぱりと、垣をとり廻して居る。土を積んで、石に代へた垣、此頃言ひ出した築土垣《つきひぢがき》といふのが此だなと思つて、ぢつと目をつけて居た。見る/\、さうした新しい好尚《このみ》のおもしろさが、家持の心を奪つた。
築土垣《つきひぢがき》の処々に、きりあけた口があつて、其に門が出来て居た。さうして、其処から、頻りに人が繋つては出て来て、石を曳く、木を持つ、土を搬び入れる。重苦しい石城《しき》。懐しい昔構へ。今も家持のなくしともなく考へてゐる屋敷廻りの石垣が、思うてもたまらぬ重圧となつて、彼の胸にもたれかゝつて来るのを感じた。
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おれには、だがこの築土垣を択《と》ることが出来ない。
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家持の乗馬《め》は再憂鬱に閉された主人を背に、引き返して、五条まで上《あが》つて来た。此辺から右京の方へ折れこんで、坊角《まちかど》を廻りくねりして行く様子は、此主人に馴れた資人《とねり》たちにも、胸の測られぬ気を起させた。二人は時々顔を見合せ、目くはせをし乍ら、尚了解が出来ぬと言ふやうな表情を交《かは》し乍ら、馬の後を走つて行く。
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こんなにも、変つて居たのかねえ。
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ある坊角《まちかど》に来た時、馬をぴたと止めて、独り言のやうに言つた。
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……旧《ふる》草に、新《にひ》草まじり、生《お》ひば、生ふるかに――だな。
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近頃見出した歌※[#「にんべん+舞」、第4水準2−3−4]所《かぶしよ》の古記録「東歌」の中に見た一首がふと、此時、彼の言ひた
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