覧じ――。これかう――おわかりかえ。
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当麻語部[#(ノ)]姥の声である。だが、そんなことは、郎女には問題ではなかつた。
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おわかりなさるかえ。これかう――。
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姫の心はこだま[#「こだま」に傍点]の如く聡《さと》くなつて居た。此|才伎《てわざ》の経緯《ゆくたて》はすぐ呑み込まれた。
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織つてごらうじませ。
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姫が、高機に代つて入ると、尼は機蔭に身を倚せて立つた。
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はた はた ゆら ゆら
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音までが変つて澄み上つた。
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女鳥《めとり》の わがおほきみの織《おろ》す機。誰《た》が為《た》ねろかも――、御存じ及びで御座りませうなあ。昔、かう、機殿《はたどの》の※[#「片+總のつくり」、第3水準1−87−68]からのぞきこんで問はれたお方様がござりましたつけ。――その時、その貴い女性《によしやう》がの、
たか行くや 隼別《はやぶさわけ》の御被服科《みおすひがね》――さうお答へなされたとなう。
この中《ぢゆう》申し上げた滋賀津彦《しがつひこ》は、やはり隼別でも御座りました。天若日子でも御座りました。天《てん》の日《ひ》に矢を射かける――併し極みなく美しいお人で御座りましたがよ。
截りはたりちやう/\、早く織らねば、やがて岩牀の凍る冷い秋がまゐりますがよ――。
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郎女は、ふつと覚めた。夢だつたのである。だが、梭をとり直して見ると、
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はた はた ゆら ゆら ゆら はたゝ
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美しい織物が筬の目から迸る。
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はた はた ゆら ゆら
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思ひつめてまどろんでゐた中に、郎女の智慧が、一つの閾を越えたのである。


       十四

望の夜の月が冴えて居た。若人たちは、今日、郎女の織りあげた一反《ひとむら》の上帛《はた》を、夜の更けるのも忘れて、見讃《みはや》して居た。
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この月の光りを受けた美しさ。
※[#「糸+賺のつくり」、第3水準1−90−17]《かとり》のやうで、韓織《からおり》のやうで、――やつぱり此より外にはない、清らかな上帛《はた》ぢや。
[#ここで字
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