る。
[#ここから1字下げ]
なる程、此は脆《さく》過ぎまする。
[#ここで字下げ終わり]
刀自は、若人を呼び集めて、
[#ここから1字下げ]
もつと、きれぬ絲を作り出さねば、物はない。
[#ここで字下げ終わり]
と言つた。女たちの中の一人が、
[#ここから1字下げ]
それでは、刀自に、何ぞよい思案が――。
さればの――。
[#ここで字下げ終わり]
昔を守ることばかりはいかつい[#「いかつい」に傍点]が、新しいことの考へは唯、尋常《よのつね》の姥の如く愚かしかつた。
ゆくりない声が、郎女の口から洩れた。
[#ここから1字下げ]
この身の考へることが、出来ることか試して見や。
[#ここで字下げ終わり]
うま人を軽侮することを神への忌みとして居た昔人である。だが、かすかな軽《かる》しめに似た気持ちが皆の心に動いた。
[#ここから1字下げ]
夏引きの麻生《をふ》の麻を績《う》むやうに。そしてもつと日ざらしよく、細くこまやかに――。
[#ここで字下げ終わり]
郎女は、目に見えぬもののさとし[#「さとし」に傍点]を、心の上で綴つて行くやうに、語を吐いた。
板屋の前には、俄かに蓮の茎が乾し並べられた。さうして其が乾くと、谷の澱みに持ち下《お》りて浸す。浸しては暴《さら》し、晒しては水に潰でた幾日の後、筵の上で槌の音高くこも/″\、交々《こも/″\》と叩き柔らげた。
その勤しみを、郎女は時には、端近く来て見て居た。咎めようとしても思ひつめたやうな目して見入つて居る姫を見ると、刀自は口を開くことが出来なくなつた。
日晒しの茎を八《やつ》針に裂き、其を又幾針にも裂く。郎女の物言はぬまなざしが、ぢつと若人たちの手もとをまもつて居る。
果ては、刀自も言ひ出した。
[#ここから1字下げ]
私も、績《う》みませう。
[#ここで字下げ終わり]
績みに績み、又績みに績んだ。藕絲《はすいと》のまるがせが日に日に殖えて、廬堂《いほりだう》の中に、次第に高く積まれて行つた。
[#ここから1字下げ]
もう今日は、みな月に入る日ぢやの――。
[#ここで字下げ終わり]
暦《こよみ》のことを謂はれて、刀自はぎよつ[#「ぎよつ」に傍点]とした。大昔から暦は聖《ひじり》の与る道と考へて来た。其で、男女は唯、長老《とね》の言ふがまゝに、時の来又去つたことを知つて、村や家の行事を進めて行くばかりであつた。だから、教へ
前へ 次へ
全74ページ中64ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング