宿を頼むと、今晩は新嘗ですからとにべ[#「にべ」に傍点]もなく断った。妹筑波に頼むと新嘗の夜だけれど、お母さんだからと言うて、内に入れてもてなした。それから母神の呪咀によって、富士は一年中雪がふって、人のもてはやさぬ山となり、筑波は花紅葉によく、諸人の登ることが絶えぬとある。
新嘗の夜は、神と巫女と相共に、米の贄を喰う晩で、神事に与らぬ男や家族は、脇に出払うたのである。早稲を煮たお上《あが》り物を奉る夜だといっても、あの人の来ているのを知って、表に立たしておかれようか、という処女なる神人の心持ちを出した民謡である。後のは、亭主を外へ出してやって、女房一人、神人としての役をとり行うているこの家の戸を、つき動かすのは誰だ。さては、忍び男だな、というくらいの意味である。
神社が祭りを専門に行うところというふうになって、家々の祭りがだんだん行われなくなると、家の処女や、主婦が巫女としての為事を忘れてしまうようになる。それでも徳川の末までは、一時《イツトキ》上※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]《じょうろう》などと言って、女の神人を、祭りのために、臨時に民家から択び出すような風が、方々にあったことを思えば、神|来《きた》って、家々を訪問する夜には、いわゆる「女の家」が実現せられたのであった。
沖縄でも、地方地方の祭りの日に、家族は海岸などに出て、女だけが残って、神に仕える風がかなり多い。
底本:「古代研究※[#ローマ数字I、1−13−21]―祭りの発生」中央公論新社
2002(平成14)年8月10日発行
初出:「女性改造 第三巻第九号」
1924(大正13年)年9月
※底本の題名の下に書かれている「大正十三年九月「女性改造」第三巻第九号」はファイル末の「初出」欄に移しました。
※訓点送り仮名は、底本では、本文中に小書き右寄せになっています。
※仮名遣いの混在は底本のままとしました。
入力:高柳典子
校正:多羅尾伴内
2003年12月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全3ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング