てゐた事。縁もない琵琶の唄に謡はれて居るのは、中村屋と琵琶弾き盲僧との間に、何かの関係があつた事の三つの点である。さうすると、勘三もやはり、一種の唱門師《シヨモジン》で念仏踊りの組合(座)を総べてゐた事と、江戸芝居にも念仏踊りが這入つて居た事とが言へる。さすれば、猿若狂言に使ふ安宅丸の幕の緋房と言ふのは、実は、念仏聖の懸けた鉦鼓の名であり、本の名にまでなつた「金《キン》の揮《サイ》」は、単に念仏聖の持つぬさかけ棒[#「ぬさかけ棒」に傍線]であらうか。

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

女太夫禁止以後、狂言・脇方の若衆が、幸若風に、して方[#「して方」に傍線]に廻つて、若衆歌舞妓が盛んになつた。若衆の立役が主人役と言ふ感じを与へるまでの機会を作つたのであらう。
念仏踊りと、田楽系統の科白の少い喜劇に飽いた世間は、さうした変成《ヘンゼウ》の男所作と新しい「女ぞめき」のふり[#「ふり」に傍線]を喜んだ事であらう。此は、幸若の「曾我」などを、物まねにうつせば、出て来る事であつて「傾城買ひ」或は「島原狂言」の元であり、更に此に、前述の前わたり[#「前わたり」に傍線]・道行きぶり[#「道
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