。現世の苦悩を離れて行く輝かしさを書いたのは、世話物が讃仏乗の理想に叶ひ難いといふ案じからであらう。だが後になる程、陰惨な場合も、わりに平気で書いてゐる。此人の文学観が、変つて来たのである。
さて、説経には三つの主体があつた。大寺の説経師・寺の奴隷階級の半俗僧、今一つは琵琶弾きの盲僧である。そして江戸の説経節へ直ぐな筋を引くものは、最後のものであるが、此を最広く撒布して歩いたのは、童子聖の徒であつて、隠れてはゐるが、芸術的には大きな為事をしてゐる。あみいば[#「あみいば」に傍線]としての努力を積んで、江戸の浄瑠璃の起つて来る地盤を築きあげて居たわけである。
日本文学の一つの癖は、改作を重ねると言ふ事である。私は源氏物語さへも「紫の物語」と言つた、巫女などの唱導らしいものゝ、書き替へから始つたのだと考へてゐる。「うつぼ」などは、鎌倉の物には相違ないが、でも全然偽作ではなく、改作をしながら、書きついで行つたものであらう。住吉物語も信ぜられて居ないが、源氏物語で見れば、ある点、今の住吉物語の筋通りである。さすれば、やはり改作と見る外はない。落窪物語なども、改作によつて平安朝の特色を失うた処も
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