つて召されて居たらしく、早歌《サウカ》をお国に伝授したらしい。早歌は、表白《ヘウビヤク》と千秋万歳の言ひ立て[#「言ひ立て」に傍線]とから出て、幸若にも伝つてゐるのだ。上方の芝居は、出雲で芸道化したお国の念仏巫女踊りに、幸若の形や、身ぶりを加へたものである。上方では座頭の女太夫を、和尚と言うたらしく、江戸では太夫と呼んでゐたと言ふ。
立役《タチヤク》と称するものゝ元は、狂言方である。此に、大人なのと、少人なのとがある。お国の場合には、少人ではなく、此に当るものは、名護屋山三郎であつた。「若」の意義が拡つて来たのである。江戸の中村勘三郎も其である。大人・少人の狂言方の出るのは王朝末にもある事で、若衆が狂言方に廻つたのが、江戸歌舞妓である。此が猿楽役であつて、狂言方[#「狂言方」に傍線]・わき方[#「わき方」に傍線]を兼ねてゐるのだ。若が勤めたから、猿若と呼ばれたらしい。而も、江戸の女太夫は、幸若の女舞であるから、念仏踊りは勘三郎が行うたらしい。
中村屋勘三の「早《ハヤ》物語」と言ふ琵琶弾きの唄(北越月令)を見ると、此だけのことが訣る。勘三が武蔵足立郡で百姓もして居た事。鳴り物の演芸に達してゐた事。縁もない琵琶の唄に謡はれて居るのは、中村屋と琵琶弾き盲僧との間に、何かの関係があつた事の三つの点である。さうすると、勘三もやはり、一種の唱門師《シヨモジン》で念仏踊りの組合(座)を総べてゐた事と、江戸芝居にも念仏踊りが這入つて居た事とが言へる。さすれば、猿若狂言に使ふ安宅丸の幕の緋房と言ふのは、実は、念仏聖の懸けた鉦鼓の名であり、本の名にまでなつた「金《キン》の揮《サイ》」は、単に念仏聖の持つぬさかけ棒[#「ぬさかけ棒」に傍線]であらうか。

[#5字下げ]二[#「二」は中見出し]

女太夫禁止以後、狂言・脇方の若衆が、幸若風に、して方[#「して方」に傍線]に廻つて、若衆歌舞妓が盛んになつた。若衆の立役が主人役と言ふ感じを与へるまでの機会を作つたのであらう。
念仏踊りと、田楽系統の科白の少い喜劇に飽いた世間は、さうした変成《ヘンゼウ》の男所作と新しい「女ぞめき」のふり[#「ふり」に傍線]を喜んだ事であらう。此は、幸若の「曾我」などを、物まねにうつせば、出て来る事であつて「傾城買ひ」或は「島原狂言」の元であり、更に此に、前述の前わたり[#「前わたり」に傍線]・道行きぶり[#「道行きぶり」に傍線]を加へて来たのである。
歌舞妓の木戸に、後々まで狂言づくし[#「狂言づくし」に傍線]と書き出したのは、能狂言に模したものを幾つも行ふ意ではなかつた。日本の古い演劇が、舞踊・演劇・奇術・歌謡、さうした色々の物を含んでゐた習慣から出た名で、歌舞妓踊りも、狂言も、小唄・やつし唄も、ありだけ見せると言ふ積りであつた。猿楽・舞尽しと言へなかつた為、同じ様に古くからある狂言と言ふ語《ことば》を用ゐたのである。名は能狂言で、其固定した内容を利用したかも知れぬが、能狂言から思ひついたとは言へないのである。農村に発達した、村々特有の筋と演出とを持つた古例の出し物があつたのだ。どこの村・どこの社寺の、どの座ではどれと言ふ風に、二立て目に出す狂言は極《きま》つて居て、狂言も其一種であつたのが、無数に殖えたのである。江戸の猿若で言へば、猿若狂言と定式狂言とが其なのである。後の物は総称して狂言と言ふが、内容は種々になる訣である。
其一つの能狂言が、対話を主として栄えたことを手本にして、改良せられて行つた。此は、能や舞に対しては踊りである。狂言の平民態度に立つてゐるのから見れば、此は武家情趣を持つて居る。但、役者自身歌舞妓者が多かつた為、舞台上の刃傷《にんじやう》や、見物との喧嘩などが多かつた。

[#5字下げ]三[#「三」は中見出し]

江戸の荒事は、金平《キンピラ》浄瑠璃と同じ原因から出たらうが、お互に模倣したものとは言へない。団十郎の初代は、唐犬権兵衛の家にゐたと言ふから、やはり町奴の一人となる資格のあつたかぶき者[#「かぶき者」に傍線]だつたのである。
かぶき[#「かぶき」に傍線]と言ふ語は、又段々、やつこ[#「やつこ」に傍線]と言ふ語に勢力を譲るやうになつた。旗本奴にも、歌舞妓衆と言はれる徒党があつて、六方に当る丹前は、此等の奴ぶり[#「奴ぶり」に傍線]から出た。その、寛濶・だて[#「だて」に傍線]などゝ流行語を易《か》へるに従うて、概念も移つて行つて、遂に「通」と言ふ「色好みの通り者」と言ふ処におちついた。
かぶき者[#「かぶき者」に傍線]は半従半放の主従関係だつたので、世が静まつても、さうした自由を欲する心の、武士の間にあつた事が知れる。だから渡り奉公のやつこ[#「やつこ」に傍線]の生活を羨んで、旗本奴などゝ言ふ名を甘受してゐたのだ。
吉原町・新吉原町に「俄《に
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