かしめた。而も筆を以てせぬ漢種の人々の神仙譚が、人々の耳に觸れた多くの機會を想像する事が出來る。さうした事が、如何に、常世と仙山とを分ち難いものにしたことであらう。其上、國語では、男女の交情・關係をも「よ」と言ふ音で表した。常世が戀愛の無何有郷と言ふ風にも考へられた。浦島子譚と同系と見えるほをりの命[#「ほをりの命」に傍線]の物語も、常世の富みと戀ひとを述べて居る。「齡」の方は、此方にはなくて、前者の方に説いてゐる。其浦島子の幸福を逸した愚さを、齒痒く感じた萬葉人の詞は、すべての萬葉人の仰望をこめての歎息だつたのである。
覓國使《クニマギツカヒ》の南島を求めに出た動機には、かうした樂土への憧れを含んで居たことであらう。ちようど中世紀の歐洲人が、擧つて淨土西印度の空想をあめりか[#「あめりか」に傍線]に實現した樣に、此は七島・奄美・沖繩諸島を探り得たのだ。而も其島々の荒男も、おなじくさうした樂土に憧れて居たこと、今の世の子孫が尚あるが如くであつたらう。平安朝に入つては、常世の夢醒めて、唯、文學上の用語となり、雁がねに古風な情趣を添へようとする人が、時たま使ふだけになつて了うた。まことに、
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