魂を行ふことになつた。量り難く古い道教傳來の昔から、徐々にさうして進んで來て、祓除の根本思想を穢れの排除にあるとさへ古代に於ても考へるまでになつてゐた。吉事祓へが、凶事祓へに先だつてあつたことが考へられなかつたのは、全く道教の影響である。
神に扮し、又、神を迎へる爲の人及び家屋の齋戒や祓除をするのが元であつた。神としての聖《キヨ》さを獲むが爲の人身離脱が、祓へ・禊ぎの根本觀念であることを考へぬ人が多い。凶事祓へを原とする考へ方は、祓への起原を神にあるとした、凶事祓へが主になつた時代の古傳説に囚はれてゐるのである。吉事祓へは、畢竟たぶう[#「たぶう」に傍線]の内的表現で、外的には、縵・忌み衣などを以て、しるし[#「しるし」に傍線]とした。
季節のゆきあひ[#「ゆきあひ」に傍線]毎に祓除を行ふとゝもに、其附帶條件たるまれびと[#「まれびと」に傍線]のおとづれ[#「おとづれ」に傍線]を忘れなかつた。地方によつて遲速はあつても、まれびと[#「まれびと」に傍線]の信仰は、ともかくも段々變化して來ずにはゐない。元々まれびと[#「まれびと」に傍線]を祖先とする考へすら夙く失うて、ある地方では至上の神と考へ、又ある地方では、恐るべく、併し自分の村に對する好意は豫期することの出來る魔物とし、或は無力・孤獨な小人を神と思ひ、或は群行する神の一隊を聯想したりして來た。而も青蟲の類をすら、此神の姿とするものもあつた。行疫神をも、此神の中にこめて見る觀察も行はれて來た。
おとづれ[#「おとづれ」に傍線]が頻繁になつて、村の公事なる祭りでなく、一家の私の祝福にも、常世神が臨む樣になる。殊に村君の大家《オホヤケ》の力が増せば、神たちは其祝福の爲に、度々神の扮裝をせねばならぬ。其以外の小家でも、神の來臨を請ふこと頻りになつて來る。
酒は旅行者の魂に對する占ひの爲に釀されたものだが、享樂の爲に用ゐる時にも、ほかひ[#「ほかひ」に傍線]はせねばならぬ。壽詞は昔ながらで、新釀《ニヒツク》りの出來のよい樣に唱へると言つた形をとつて來るわけである。家々の婚禮にも神が臨み、新室開きにも神が迎へられる。釀酒にも、新室にも、神の意識は自他倶に失はれて了うた。とようかのめ[#「とようかのめ」に傍線]にことゞふ神は、夙く大刀うち振ふ壯夫と考へられ、家あるじ[#「家あるじ」に傍線]の齡をほぐ神は、唯の人間としての長上の尊者としてあへしらはれた。
此通りまれびと[#「まれびと」に傍線]は、必しも昔の樣に、常世の國から來ると考へられた者ばかりではなくなつた。幾種類ものまれびと[#「まれびと」に傍線]があり、又、神話化し、過去のことになつたのもあると共に、知らず識らずの間に、やつした神の姿を忘れて、唯の人としてのまれびと[#「まれびと」に傍線]が出來た。又、衣帶《エタイ》の知れぬ遠處新來の神をも、まれびと[#「まれびと」に傍線]に對して懷いた考へ方に容れる事になつた。一つは、新神の新にして、萎えくたびれない威力を信じ畏れた爲もある。が併し、如何なる邪神にでも、鄭重なあるじぶり[#「あるじぶり」に傍線]と、纒綿たるなごり惜しみの情を表出して、他處へ送る風の、今も行はれて居つて、其が盂蘭盆の聖靈送りなどに似て居るのを見れば、自ら納得の行くことがあらう。其は遠來神・新渡神に對するのと、精靈に對するのとは、形の上に區別がないことである。即、常世の國から毎年新しく、稀におとづれ來る神にした通りの禮式を、色々な意味のまれびと[#「まれびと」に傍線]に及したのである。決して單純に、邪神に媚び事へて、我が村に事なからしめようとするのだといふ側からばかりは、考へることが出來ないのである。
      一四 とこよ
雁をとこよの鳥[#「とこよの鳥」に傍線]としたことは、海のあなたから時を定めて渡り來る鳥だからである。同じ意味に於て、更に神聖な牲料《ニヘシロ》なる鵠《クヾヒ》は、白鳥と呼ばれて常世の鳥と考へられたのは固より、靈を持ち搬び、時としては、人間身をも表す事の出來るものとせられた。鵠《クヾヒ》が段々數少くなると共に、白い翼の鳥は、鶴でも、鷺でも、白鳥と稱へられ、鵠《クヾヒ》の持つた靈力を附與して考へられた。
我が國の古俗ばかりから推しても世界的の白鳥處女傳説は、極めて明快に説明が出來るのは、此國に民間傳承の學問が、大いに興る素地を持つてゐるのだと言へようと思ふ。富みと齡の國なる常世は、元、海岸の村々で、てんでに考へて居た祖靈の駐屯所であつた。だから、定期にまれびと[#「まれびと」に傍線]として來り臨む外に、常世浪に搖られつゝ、思ひがけない時に、其島から流れて、此岸に寄る小人神があるとせられたこと、のるまん人[#「のるまん人」に傍線]等の考へと一つ事である。更に少彦名の漂着を言ひ、大國主の許に海の 
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