て、賓客をあしらふ方式を胎んで來た次第まで説き及ぼすことが出來れば、望外の欣びである。
てつとりばやく、私の考へるまれびと[#「まれびと」に傍線]の原の姿を言へば、神であつた。第一義に於ては古代の村々に、海のあなたから時あつて來り臨んで、其村人どもの生活を幸福にして還る靈物を意味して居た。
まれびと[#「まれびと」に傍線]が神であつた時代を溯つて考へる爲に、平安朝以後、近世に到る賓客饗應の風習を追憶して見ようと思ふ。第一に、近世「客《キヤク》」なる語が濫用せられて、其訓なるまれびと[#「まれびと」に傍線]の内容をさへ、極めてありふれたものに變化させて來たことを思はねばならぬ。大正の今日にも到る處の田舍では、ゐろり[#「ゐろり」に傍線]の縁の正座なるよこざ[#「よこざ」に傍線](横座)を主人の座とし、其次に位する脇の側を「客座《キヤクザ》」と稱へて居る。此は客を重んじ慣れた都會の人々には、會得のいかぬことである。併し田舍屋の日常生活に訪ふものと言へば、近隣の同格或は以下の人たちばかりである。若したま[#「たま」に傍点]に同等以上の客の來た時には、主人は、横座を其客に讓るのが常である。だから、第二位の座に客は坐るものと考へられたことは、農村の家々に、眞の賓客と稱してよい者の、容易には來るものでなかつた事を示して居る。
正當に賓客と稱すべき貴人の光來の榮に接することになつたのは、凡、武家時代以後、次第に盛んになつたことゝ觀察せられる。武家は、久しい地方生活によつて、親方・子方の感情が、極めて緻密であつた。中央には、傳承が作法を生んで、久しい後までも、わりあひ自由に親密を露すことが出來た。其で、武家が勢力を獲た頃になると、中央であつたら大事件と目せられねばならない樣な臣家訪問の事實が、急に目につき出したのである。下尅上の恐怖が感じられる樣になると、懷柔の手段と言ふ意味も含められて、愈流行した。其結果、賓客と連帶して來たまれびと[#「まれびと」に傍線]なる語は、到底、上代から傳へた内容を持ちこたへることが出來なくなつたのである。六國史を見ても、さうである。天子の臣家に臨まれた史實は、數へる程しかない。公式と非公式とでは違ふであらうが、内容にも屡あり得べきことではなかつた。
上官下僚の關係で見ても、さうだ。非公式には多少の往來を交して居さうな人々の間にも、公式となると、こと/″\しい形式を履まねばならぬことになつてゐた。「大臣大饗」は、此適切な例である。新しく右大臣に任ぜられた人が、先輩なる現左大臣を正客として、他の公卿を招く饗宴であるが、此は公家生活の上に於ける非常に重大な行事とせられて居た。だから、正客なる左大臣の一擧一動は、滿座の公卿の注視の的となつた。新大臣にとつては、單に次には自分の行はねばならぬ儀式の手本を見とつて置く爲の目的から、故らに行うたやうな形があつた。先輩大臣は、其だけに故實を糺して、先例を遺して置かうと言ふ氣ぐみを持つてゐた。

      二 門入り

凡、大饗と名のつく饗宴には、すべて此正客をば「尊者」と稱へて居た。壽・徳・福を備へた長老を「尊者」と言ふと説明して來て居るが、違ふ樣である。私は此には二とほりの考へを持つて居る。一つはまれびと[#「まれびと」に傍線]の直譯とするのである。今一つは寺院生活の用語を應用したものと見るのである。食堂《ジキダウ》の正席は必、空座なのが常である。此は、尊者の座席として、あけて置くのである。尊者は、賓頭盧《ビンヅル》尊者の略號なのである。だから、食事を主とする饗宴の正客を尊者と稱すると考へるのも、不自然な想像ではない樣である。尊者の來臨に當つて、まづ喧ましいのは門入り[#「門入り」に傍線]の儀式である。次に設けの席に就くと、列座の衆の拍手するのが、本式だつた樣である。饗膳にも亦特殊な爲來《シキタ》りがあつた。此中、支那風・佛教風の饗宴樣式をとり除いて考へて行きたい。
奈良朝の記録には、神護景雲元年八月乙酉、參河國に慶雲が現れたので、西宮寢殿に、僧六百人を招いて齋を設けた。
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是の日、緇侶の進退、復法門の趣なし。手を拍つて歡喜すること、もはら俗人に同じ。(續紀)
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とある。此拍手が純國風であつたことは、延暦十八年朝賀の樣の記述を見ても察せられる。
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文武官九品以上、蕃客等、各位に陪す。四拜を減じて再拜と爲し、拍手せず。渤海國の使あるを以てなり。(日本後紀)
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とあるのは、天子を禮拜することの、極めて鄭重であつた國風を、蠻風と見られまいとして、恥ぢて避けたのである。だが、此も亦宴式に臨んだ正客を拜した古風の存して居たのである。手を拍つ事は、酒宴の興に乘つて拍子をとり、囃すものと思はれて來た
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