る。此「年にまれ[#「まれ」に傍線]なり」と言ふ句は、文章上の慣用句を利用したものと見てさしつかへはない樣である。
上代皇族の名に、まろ[#「まろ」に傍線]・まり[#「まり」に傍線]などついたものゝあるのは、まれ[#「まれ」に傍線]とおなじく、尊・珍の名義を含んでゐるのかと思ふ。繼體天皇の皇子で、倭媛の腹に椀子《マリコ》[#(ノ)]皇子があり、欽明天皇の皇子にも椀子《マリコ》[#(ノ)]皇子がある。又、用明天皇の皇子にも當麻公の祖|麻呂子《マロコ》[#(ノ)]皇子がある(以上日本紀)。而も繼體天皇は皇太子|勾《マガリ》[#(ノ)]大兄を呼んで「朕が子|麻呂古《マロコ》」と言うて居られる(紀)。此から考へると、子に對して親しみと尊敬とを持つて呼ぶ、まれ[#「まれ」に傍線]系統の語であつたのが、固有名詞化したものであることが考へられる。まれびと[#「まれびと」に傍線]も珍客などを言ふよりは、一時的の光來者の義を主にして居るのが古いのである。
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くすり師は常のもあれど、珍《マラ》人の新《イマ》のくすり師 たふとかりけり。珍《メグ》しかりけり(佛足石の歌)
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つね[#「つね」に傍線]は、普通・通常などを意味するものと見るよりも、此場合は、常住、或は不斷の義で、新奇の一時的渡來者の對立として用ゐられてゐるのである。まら[#「まら」に傍線]は、まれ[#「まれ」に傍線]の形容屈折である。尊・珍・新などの聯想を伴ふ語であつたことは、此歌によく現れてゐる。
まれ[#「まれ」に傍線]と言ふ語の溯れる限りの古い意義に於て、最少の度數の出現又は訪問を示すものであつた事は言はれる。ひと[#「ひと」に傍線]と言ふ語も、人間の意味に固定する前は、神及び繼承者の義があつたらしい。其側から見れば、まれひと[#「まれひと」に傍線]は來訪する神と言ふことになる。ひと[#「ひと」に傍線]に就て今一段推測し易い考へは、人にして神なるものを表すことがあつたとするのである。人の扮した神なるが故にひと[#「ひと」に傍線]と稱したとするのである。
私は此章で、まれびと[#「まれびと」に傍線]は古くは、神を斥《サ》す語であつて、とこよ[#「とこよ」に傍線]から時を定めて來り訪ふことがあると思はれて居たことを説かうとするのである。幸にして、此神を迎へる儀禮が、民間傳承となつ
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