言ふ言葉を作り、なにかなも[#「なにかなも」に傍線]、なにかいも[#「なにかいも」に傍線]、なにかえも[#「なにかえも」に傍線]と言ふ形になるのでせう。
名古屋のことばかり噂すれば叱られるかも知れませんが、私の生れた大阪の言葉を出して見ますと、さかい[#「さかい」に傍線]と言ふ言葉、よつて[#「よつて」に傍線]と言ふ言葉を使ひますが、に[#「に」に傍線]を抜く言葉は平安朝にも一遍あつたんです。そのまゝ残つてゐる訣ではありませんけれども、平安朝に京都を中心に行はれました事が一時忘れられ、又はやりだして来たんでせう。ところ/″\に[#「に」に傍線]を抜いて短くします。なによつて[#「なによつて」に傍線]、なにやさかい[#「なにやさかい」に傍線]、さかいに[#「さかいに」に傍線]と色々あります。私達はさかい[#「さかい」に傍線]と言ふ言葉だけ使ふとなんだか身分の卑しい気が致します。それで私はさかい[#「さかい」に傍線]を避けて、よつて[#「よつて」に傍線]を使ふ人種です。ですから私はそんなことを言ふ筈はないのですけれども、らぢお[#「らぢお」に傍線]で放送した時にさかい[#「さかい」に傍線]と言つたと言ふ事を言はれましたが、一体、さかい[#「さかい」に傍線]と言ふ言葉は柳田先生も研究せられましたが、未だ十分に達してをりません。私は自分の育つた大阪の言葉ですから、考へなければならぬ義理を感じてゐるのですけれども、これが結論になると思ふ材料を、柳田先生が挙げてをられます。
さかい[#「さかい」に傍線]と言ふ言葉は、先生も仰つた様に、なんぢやさかい[#「なんぢやさかい」に傍線]と言ふ風に、ぢや[#「ぢや」に傍線]とかだ[#「だ」に傍線]とかがさ[#「さ」に傍線]の音に変つたか、或は一寸間を入れて、なに[#「なに」に傍線]と言ふ風において、それにさ[#「さ」に傍線]と言ふ感動詞、と言つてはをかしいが、囃し言葉の様なものを入れた、と言ふ風な形で出来たか、と言ふ様に書かれてをりました。もと/\さかい[#「さかい」に傍線]は大阪が本元のやうに言はれてをりますけれども、先生の故郷、播州で言ふさかい[#「さかい」に傍線]は大阪のよりも古いのであつて、大阪弁のは新しいのです。さかい[#「さかい」に傍線]と言ふ言葉に対してすかい[#「すかい」に傍線]と言ふ言葉を使ふ処が相当にあげられてをります。すかい[#「すかい」に傍線]と唯今のさかい[#「さかい」に傍線]と言ふ言葉はなんださかい[#「なんださかい」に傍線]とか、なんぢやさかい[#「なんぢやさかい」に傍線]とか、と言ふ形になればいゝのですけれども、その他の形が色々にある。さかい[#「さかい」に傍線]と言ふ言葉は狂言にも出てをります。能狂言に出てゐると言ふ事は、室町時代の言葉である事の証拠になりません。起源はもつと古いし、狂言の台本と言ふものは、明治初年までだん/\書き変へられて、固定せずにをつたのですから、どの狂言が古いかと言ふ事も訣らない。狂言に出て来る言葉だから室町時代の言葉だと言ふのは以ての外です。ところが、同じ狂言を見ますと、このす[#「す」に傍線]と言ふ言葉を敬語に使つた言葉があるのです。つまり、東京の色町なんかで言ふやうに、ありんす[#「ありんす」に傍線]とか行きいす[#「行きいす」に傍線]とか言ふ、さう言ふ風なのです。敬語の意味のす[#「す」に傍線]があるのです。ところが、敬語を沢山使つてゐる為に、だん/\敬語意識がなくなつて来る。それで今度は形が変つて来る。「あることです」と言ふ、敬語を含んだ意味のあるぢやす[#「あるぢやす」に傍線]にかい[#「かい」に傍線]が添はる。このかい[#「かい」に傍線]は、さるかい[#「さるかい」に傍線]と言へば、「さうあるんですから」と言ふ様な意味で、これがあるぢやす[#「あるぢやす」に傍線]に添つて、あるぢやすかい[#「あるぢやすかい」に傍線]・あつたすかい[#「あつたすかい」に傍線]と言ふ形が出来て来て、だん/\使つてゐる中に、さかい[#「さかい」に傍線]と言ふ言葉が、独立してしまふ。そして、どの言葉の終止形にでもつけて言ふ事が出来る。だから私はさかい[#「さかい」に傍線]と言ふ言葉は敬語と断定していゝと思ひます。敬語で、敬語の形式を失つたものとかう思つてをります。
実はこの方言の事も訓詁解釈との関係に就いても申さなければなりません。沢山問題もありますし、興味のある事ですが、この教育会の催しだと殊にその方面に触れて行つた方が、目的に叶ふのだと思ふのですけれども、どうも私の話下手がいらぬ事ばかり喋りまして、肝腎の問題を外らしてしまひました。申し訣ない事だと思ひます。兎も角も、国語にも未だ問題が沢山ございまして、世間の学者等が正しいと認めてゐる事も本当に正し
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