先生は或はその考へ方に多少反対なさるかも知れませんけれども、譬へば、なも[#「なも」に傍線]と言ふ言葉、えも[#「えも」に傍線]又はきゃあも[#「きゃあも」に傍線]と言ふ言葉など、我々は聞いてゐると甚だ、心苦しいやうな心持がしますけれども、併しこの地方にとつては、非常に厳密な事情で、この言葉をやめてもつと上品な言葉を言へと言はれたら、やはり遠慮してしまふでせう。
そしてなも[#「なも」に傍線]、えも[#「えも」に傍線]、きゃあも[#「きゃあも」に傍線]を保護しようと言ふ方が多いと思ふ。方言の強さはそこです。結局それが強まつて国語に対する愛と言ふ事になりますから、なにも国定教科書の、文部省の属官が作つたやうな文章、それに出て来る言葉を我々が使はなければならぬことはない筈です。文部省の文章を作る人はまう少しいゝ者が雇はれたらいゝと思ふ。ですから、何を見ても余りいゝやうな文章はありません。
なも[#「なも」に傍線]と言ふ言葉は既に研究した人があるけれども、我々から言へば、人に呼びかけるのになあ[#「なあ」に傍線]、もし[#「もし」に傍線]とかう言うたのが、なも[#「なも」に傍線]になつたのでせう。
だから地方に依ると、なあもし[#「なあもし」に傍線]がなし[#「なし」に傍線]となつたりのし[#「のし」に傍線]となつたりする、色々な形があります。この系統は日本全国に拡つてをります。そして皆、形が変つてをります。のうし[#「のうし」に傍線]と言ふのがあるかと思ふと、なあも[#「なあも」に傍線]と言ふのがある、なあも[#「なあも」に傍線]があるかと思ふとねえも[#「ねえも」に傍線]がある。偶々離れた処になも[#「なも」に傍線]があつたりしてゐます。のし[#「のし」に傍線]となも[#「なも」に傍線]と比べてみると不思議に思はれますけれども、これは必ず、ある時期に、なあもし[#「なあもし」に傍線]が流行して来たものなのでせう。今よく流行つてゐる、「ねえ、あなた」と言ふのと同じことですが、昔の人は流行語と言ふものに権威を認めてゐる。だから、刺戟がなくなつても、すぐに捨てる様な事はしないで、何百年も守らうとしてゐる。そしてなも[#「なも」に傍線]と言ふやうな言葉を拵へるのでせう。それから類推して、えも[#「えも」に傍線]などゝ言ふ言葉を拵へた上に、きゃあも[#「きゃあも」に傍線]などゝ
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