語部と叙事詩と
折口信夫
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)検《しら》べた
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)種姓|明《アカ》し
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「てへん+纔のつくり」、463−11]
−−
私は、語部の職掌及び、其伝承した叙事詩の存在した事を、十数年以来主張して来た。語部が、対話として散文的に古い説話を記憶して、話し聞かした事だけは、反対する人もなかつたが、その伝承の対象が叙事詩の形を持つて居り、其を暗誦したり、聞かしたりするのは、ある節まはしで謡うたものだといふ点には、反対する人が、陰に陽にかなりあつた。私の考へはじめは、「かたる」といふ語の用語例から出発して、万葉集その他のかたる[#「かたる」に傍線]の意義を検《しら》べた辺から出て居る。其れに自信を添へる事の出来る様になつたのは、金田一京助先生が、年々夏には、「北海道あいぬ」を調査に行かれて、所謂「蝦夷浄瑠璃」の採集から、驚くべき分量の詞曲・神曲(同先生の用語)のある事を発見せられた旅行の土産話を、先生の口づから聴かして頂いた時からである。この先生から得た学問上の得分は沢山あるが、語部に対する暗示は、この章のはじめに記して、深い御礼心を表したい。それと共に、此章が、その下された暗示から成長して、ともかくも古代生活の大きな一方面に探りだけでも入れる事の出来た業蹟を見て頂いて、行供養《ギヤウクヤウ》の微意をお目にかけようと思ふのである。
語部の伝承が、叙事詩は勿論曲節もないとする人は今もある。人によると語部の職掌が、説話伝承でなかつたとまで言ふ向きもあつた。其等の人の考へに対しては、此章自身が適当な返事となる事と信じて、一々は論じない。
生活条件を同じくした村も異にした村もあつて、其が引き続いて前期王朝に及んだとすると、勿論習俗の同化したのもあり、頑固に他の村国の影響を拒んだ村国もあつたであらう。而も、ある部分づゝは次第に風化せられたものと見てよい。併し、語部なる職業団体を初めから――常識的に言うて――持つて居た村国と其をまねた村国と、さうした部曲を置かずにとほした地方とがあつたと考へるが正しい。こゝには、語部のない村国は考へる事が出来ないから、第一次的第二次的、いづれにせよ、此団体組織の備つて居た土地に就いてばかり論じる。が、自然国中全体に此組織が行はれて居たものと言つた表し方をとることがあるかも知れない。けれどもどこまでも、此を持たなかつた村国は問題の外になつて居るものと見てほしい。
語部の事を説く前に、叙事詩の発生を言ふ必要がある。
「よごと」の章に述べた様に、よごと[#「よごと」に傍線]の中に、祝福風の発想と、圧服式の表現とがある。とこよ[#「とこよ」に傍線]のまれびと[#「まれびと」に傍線]が名のり[#「名のり」に傍線]によつて、土地の精霊の名のり[#「名のり」に傍線]を促す形の一つ前の姿は、まれびと[#「まれびと」に傍線]自身の種姓《スジヤウ》を名のつて地霊を脅かす方法と、地霊の種姓を、こちらから暴露する為方とがあつた。種姓|明《アカ》しが呪言としての威力発揮の一つの手段であつたのが、段々分化して種姓明しの口頭文章の内容が、歴史観念を邑々の人の心に栽ゑつける。而も呪言としての利用尠くなつた文章にも、やはり勿論神言の威力は存在したので、叙事詩が純粋の歴史伝承ととり扱はれる様になつた時代はあつたか、どうか断言出来ない。まれびと[#「まれびと」に傍線]及び其眷属の物語、地霊の来歴などが、時を経て段々長い形の物になつて来た。地霊が恣に発言する時期が来ると、地霊自身の名のつた種姓明しの文章が、限りなく殖えて来る。さうして、地霊が、神社の神として祀られる前期王朝になると、地霊の託宣自身が、まれびと[#「まれびと」に傍線]又は天つ神の呪言・種姓明しとおなじ威力を持つものとせられる様になつた様である。かうなると、種姓明しの託宣が殖えて来る。祀られない神が新しく祀りを享けようとし、祟り神が「何処の神が何故に祟つたか」など説明する場合が多くなつたからである。
一方、初めに戻つて、歴史観念が出て来ると、邑・家・土地の歴史を知りたく思ふ邑人の意思が神人に反影して、神話にさうした方面が多くなつて来る。邑の来歴は、邑君の家の歴史と一つであり、土地についた説明も、其に関聯して託宣に表れて来る。而も家の歴史の中、又一つの大切の部分が派生して来る。其は、邑君の家の系統を伝へる口頭の系図である。
神託宣から発した歴史には系図も含まれて共に伝承せられたのが、後には此だけを分離して口誦する様にもなつた。
その口頭歴史伝承は、
次へ
全2ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング