るが、必ずしも、古註の訓み方が正しいとも言はれない。ともかく、かういふ風に訣らないながらに、前代からの訓み方を伝へようとして居る。其も昔の人にはこれで訣つてゐたのであらうが、我々に訣らぬといふだけのことだ。此まゝに訓めば、浮いてゐる島の様な、平地の所にお立ちになつて、といふ意味であるらしい事は感ぜられるが、はつきりした訓法は結局訣らない。
ともかくも、こんな風にして、記紀では古語を保存しようとしてゐたのである。恐らくは此時代、既に訣らなくて、二通りにも三通りにも伝はつてゐたのではあらうが、同じく訣らぬとは言つても、歌の伝来に記紀で相異がある、といふのとは、事情が違つて居る。尤、場合によれば、其と同じ理由から違つて居るといふ事もあるにはあつたらう。が、大体に於いては、後世の我々には訣らぬけれども、昔の人には訣つたのだ、と思ふ方が正しいであらう。併しながら又、或は記紀を書いた人に既に訣らなかつたものがあつた、といふことも考へてみなければならぬ。誰も口にせぬ様な語り物、わづかに語部の一人や二人が、辛うじて伝承して居るに過ぎぬ様な、実質的には死んで了つてゐる物語を、訣らないけれどもそのまゝ転載
前へ
次へ
全65ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
折口 信夫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング