うたて……あり」と嫌なものにつけて使つてくる。さういふ傾向の言葉にかゝる習慣がついて来ると、こんどはうたて[#「うたて」に傍線]だけで、嫌なことを表す様になる。だから「うたて……あり」と其空間に挿入すべき言葉が、だん/\動いて来て結局、形容詞になつて了ふのである。
之と同じく、万葉集には非常によく用ゐられて、亡びて了つた語にもとな[#「もとな」に傍線]がある。之も訣らぬ言葉の一つで、心許ないなどと訳すのは、一番素樸な解釈であるが、之も結局はひどい[#「ひどい」に傍線]といふ意味の語らしく、「ひどい……」といふ後《アト》の語を省いて了ふ。係る言葉を落して使つてゐるので、之だけをいくら解剖してみても訣る筈はない。「まなかひにもとなかゝりて安寝《ヤスイ》しなさぬ」(万葉巻五)は、安眠が出来ぬ、あゝひどいことだ、と言つてゐるので、副詞だけで、動詞の意味までを含んで了つてゐる用法である。
之が平安朝の言葉の一の特徴である。我々の知つてゐる平安朝の文学は、ごく狭い社会に於いて、話したり読んだりしてゐたので、話してゐる言葉は、幾分くらしっく[#「くらしっく」に傍線]に書いて居り、訣つて居る範囲が狭い
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