采女と舎人とであつた。此時の歌は、新作ではなくして、自分の地方々々の歌を出して、神に献じた。この歌を国風《クニブリ》と言ふ。新しく、宮廷に服従を誓ふ意味のもので、毎年初春に、服従を新しくしたのである。
ところが、其前から、世間では、歌合せの元の形と見るべきものが、行はれてゐた。歌垣・歌論義など言ふものが、其である。其方式を、次第に取り込んで、御歌会に、歌を闘はせる事になつて、歌合せが出来て来た。
国々には、国々を自由にする魂があつた。国々の実権を握る不思議な魂即、威霊《マナア》があり、其がつくと、其土地の実権を握る力を得る。
地方々々に伝承する歌には、其魂が這入つてゐて、其を歌ひかけられると、其人に新な威力が生ずる。采女・舎人が国風の歌を奉ると、天皇に威霊が著いたのである。そこで、歌を献じた地方は、天皇に服従する事になるのである。
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さゞなみの国つ御神のうらさびて 荒れたるみやこ 見ればかなしも(万葉巻一)
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近江[#(ノ)]国の御神の心が荒んで、近江宮廷が、こんなに荒れたのだらう、と説いてゐる――山田孝雄氏に、別解がある――が、此は、魂の考へ方からすると、人間の魂の游離する事が、うらさぶ[#「うらさぶ」に傍線]である。魂が游離すると、心が空虚になる故、寂しいといふ事になる。平安朝になると、さび/\し[#「さび/\し」に傍線]即、さう/″\し[#「さう/″\し」に傍線]と使うてゐた。心が空虚で、物足らない、魂の游離した様子である。この歌は、天皇に著かねばならない近江の国の魂が、弘文天皇から游離して、天武天皇に移つて了うたから、弘文天皇は、国を天武天皇に、御委せにならねばならなくなつたことを、歌うたものである。
国々の郡領、又は其子どもが、自分の家に伝つてゐる歌を唱へると、唱へかけられた天皇に、其力が移る。天皇は、国中のあらゆる魂を持つてゐるから、日本の国を領してゐられるのであつて、此事が訣らなければ、神道の根本に触れる事は出来ない。日本の国は、武力で征服したとか、聖徳で治めたとか言ふが、宗教的に言ふと、国々の魂を献つたからである。
魂を聖躬に著けるのは、本来ならば、一度でよい筈である。其をいつしか、毎年繰り返してせねばならない、と考へて来た。其役を果す為に、郡領の息子・娘である舎人・采女は、宮廷に来てゐたのである。舎人・采女は、宮廷の現[#(ツ)]神――天皇は、神の御言詔伝達《ミコトモチ》であり、又時には、神におなりになる――に仕へ、任終へて、地方に帰るに及んで、宮廷の信仰は、地方に拡つたのである。
此信仰の行はれた時代は、長く続いたが、武家が勢力を持つに至つて、武力で国を征服する、といふ考へ方が萌《きざ》し、やがて其が、ずつと溯つた時代までもさうであつた、と考へさせるに至つた。采女達は、各国に帰れば、国[#(ツ)]神最高の巫女になり、舎人は、郡領又は其一族として、勢力があつた。此人たちが、都の信仰を、習慣的に身体に持つといふ事は、自ら日本宮廷の信仰を、地方に伝播することゝなつた。古代にあつては、信仰と政治上の権力とは、一つであつた。宗教の力のある所、必政治上の勢力も伴うてゐた。即、この舎人・采女達が、宮廷の信仰を、地方に持ち帰つたと言ふことは、日本宮廷の力が、地方に及ぶ、唯一つの道であつた。
大化改新は、今まで国々を治めてゐた国《クニ》[#(ノ)]造《ミヤツコ》から、宗教上の力を奪つて、政治上の勢力をも、自ら失はせた。改新以後は、従来国造と呼んでゐたものを、郡領と称するやうになつた。郡領は、単なる官吏として、宮廷の代理者としての、政治上の力を有するに止つて、宗教上の力はなくなつた。国造から、宗教上の力を奪はなくては、尊貴族の発展は、期し難かつた。
郡領の女は、地方の神の女であり、子である。舎人は、第二の郡領であるから、其生活を変へて、宮廷式にすれば、宮廷の信仰が、地方に及ぶことになる。この方法は、自然に、無意識の間に行はれてゐたのであるが、後に、意識的に行はれるやうになつて、平安朝まで続いた。
宮廷で、春、御歌会を行ひ、郡領の子女が、其国々の歌を出したのは、国々の魂を奉る意味であつて、此が後に、歌合せに変化した。さう考へると、元旦の朝賀の式のくだけたのが、御歌会である。この歌会以外、いろんな場合に、舎人・采女が天皇即、神なる天皇に、常侍して居て、地方に帰つて後、宗教的の生活をするのであるから、宮廷の風が伝つて、宗教的の統一が行はれた。其はとりも直さず、政治上の統一でもあつた。日本の政教一致といふのは、世間で解してゐるのと異つて、今述べた意味に於いての、政教一致であつた。
舎人が地方に帰る時には、此者が中心となつて、其仕へてゐた天皇の輩下の、舎人部を拵へた。此が……天皇の大舎人部―
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