つた。これ等、郡領の一族から出たものを、総括的に舎人と言ふ。此舎人も、後には、任期を勤めあげて、京にゐつくものもあつたが、奈良朝以前には、大抵帰国して、宮廷の信仰を宣伝してゐる。
宮中には、神代以来の歴史を誇る、武官の家々があつたので、舎人等が、地方から沢山上つて来ると、人数があり余る。すると、王氏は勿論、位置の高い者にお下げになる。随身《ズヰジン》がそれである。随身は又、仕へてゐる王族・貴族によつて、資人又は、帳内とも言うた。要するに、本体は、宮廷の舎人として考へられる。貴族の家々にゐる女房も、同様に宮廷から下されたものだ、といふ仮定も成り立つ訣で、このやうに、宮廷の生活が、次第に下へ移され、貴族の家々でも、宮廷と同様な方式があつたから、舎人・采女によつて移された、宮廷の生活様式を、直ぐに受け入れる事が、出来たのである。
平安朝末になると、武官はほんの召人として、軽く扱はれてゐるが、清輔の「奥義抄」の巻頭に、此事をまじめに書いてゐる。平安朝も末期の記録では、軽く見られてゐるが、元は、意味深く考へられてゐた。
初春朝賀の式が行はれる時に、天皇が祝詞を下されると、群臣が其に御答へとして、寿詞《ヨゴト》を奉る。此は、天皇の齢《ヨ》を祝福すると同時に、服従の誓ひを新しくすることである。延喜式祝詞では、祝詞・寿詞の意義が、混同して用ゐられてゐる。
日本の儀式は、同じ事を幾度も繰り返す。其は、たゞ繰り返すのではなく、平易化して複演するのである。宮廷の元旦朝賀の儀式に、寿詞を奏上すると、寿詞なる口頭の散文に対して、今一段くだけた歌なるものを、複演奏上する。歌は、寿詞から分化したもので、寿詞の詞の部分ではなく、独白の文章、自分の衷情を訴へ、理会を求める部分の集つて、分離して来たのが歌である。即、寿詞奏上の後、直会の意味に於て歌会をする。
今の神道では、それが大分くだけて、正式の祭りの後に、神社で直会《ナホラヒ》といふものをする。其が、今は殆、宴会とくつついてゐるが、昔は神まつり(正式儀式)・直会・肆宴《トヨノアカリ》と三通りの式が、三段に分れてゐた。この三通りの式を、次第にくだいて行ひ、直会では歌、肆宴では舞ひや身ぶりが、主になつてゐる。
朝賀の式が終つた後に、直会をする。この直会に当るものが、御歌会であつた。宮廷では、早く其を大直日《オホナホビ》の祭りと言うてゐた。大直日・神直日《カムナホビ》は、祝詞の神である。神授と信じてゐる伝来の祝詞にも、読んでゐる中に、誤りが出て来るかも知れない。誤りがあると、神から、禍ひが下される。
禍ひを下す神を、大禍津日神《オホマガツヒノカミ》・八十禍津日神《ヤソマガツヒノカミ》といひ、神官は嫌うてゐるが、実は大切な神なのである。神道では、此神に対する理解が、変つて来てゐるが、神伝来の祝詞、其に答へる寿詞の誤りを、指摘する神である。今ではどうかすると、祝詞は儀式の上で、なければならないものだから、単に読むものだと考へられさうであるが、昔は、神の言葉と信じ、寿詞では、自分等の思ふ所を述べたのである。
人間に伝はつてゐるのだから、間違ひがある。神に間違うたことを言ふと、罪せられる。誤りがあつた場合に、その誤りを指摘するのが、大禍津日神である。其を、対句式に表現した結果、その性格に分裂を起して、八十禍津日神と言うた。其を後には、悪魔のやうに考へた。誤りの無いやうに、直して貰はねばならない其神が、大直日神・神直日神であつて、神道では、別々の神のやうに考へてゐるが、此は調子をとる為の、対句から発生したものである事は、禍津日神におけると同様である。
その後、大直日・神直日二神をまつると、唱へごとに誤りがあつた場合に、其を訂正してくれた。
平安朝の宮廷では、朝賀の式が済むと、大直日の祭りに相当する事が行はれた。此を分けて、大直日の祭りと、御歌会との二とする。大直日の祭りは、朝賀の式に接して行はれたが、神を祭るだけではなく、其時奉る言葉に、誤りがあつてはならないので、訂正の意味で、これを行ふのである。この大直日の祭りの時に、歌を歌ふ。
古今集巻二十の巻頭に、大直日の歌がある。此が、正月にあるのはをかしいと言ふが、大直日だから、正月にもあるのである。
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あたらしき年のはじめにかくしこそ ちとせをかねて たのしきをへめ(つめ[#「つめ」に傍線]とあるのは、疑ひもなくへめ[#「へめ」に傍線]の誤り)
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此は、奈良朝の歌(続日本紀)の形を、少し変へて伝へてゐたのである。其で見ると、大直日の祭りが、朝賀の式に接して行はれてゐたことがわかる。実は御歌会と、大直日の祭りとは、同じものであつたのが、分裂して、別のものゝやうになつて来たのである。
御歌会の時には、男女が両方に分れる。其時の主体は、
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