三度ではない。其ほかにも、一人や二人は、私の行き足をなごやかな眦で見つめてゐてくれる同情者のあるを感じてゐる。けれども、さういふ快い慰撫に甘える事が、直に情なくなる。私はさうした事にあふ毎に、虔ましさに立ち直るだけの心は落して居ない。だから、殊に大岡山から、こんな書物を出す事は、すまない気がする。けれども、此をさへ歓んでくれる心に負けて、とう/\ひき続けて、三冊までも、板にして来た。殊に此巻などは、殆、随筆集と言はれても、為方のない断篇が多い。夢の様に書き続けた草稿は、まだ/″\ある。併しやつと、訣つて頂け相な文章と言へば、此だけであらう。
私は、世に拡《ハヾ》かる様な乗り気で、こんな物を出したのではない。もつとよい物を、寂かな心で書きたい。悔いの少い本を出したい。さうは思うてゐる。だが、今の処、大岡山の好意に酬いるにも、此だけの成迹を提供する外はないのであつた。



底本:「折口信夫全集 3」中央公論社
   1995(平成7)年4月10日初版発行
底本の親本:「『古代研究』第一部 民俗学篇第二」大岡山書店
   1930(昭和5)年6月20日
※底本の作品名「追ひ書き」に、収録書籍名の「古代研究」を補い、表題を「古代研究 追ひ書き」としました。
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2007年4月8日作成
青空文庫作成ファイル:
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