為の解説のないことを、不審に思うて頂かねばならぬ事になつたのが多い。さう言ふ図は、出板当時の作者の心を唆り立てたものである。二冊のどれかに、大なり小なり関係のありさうな物を用意して置いたところが、其図に関係した文章が出ずじまひになつたり、思ひ違へから、とんだ場処に挿んだりして了うたのである。
「たぶ」の写真の多いのは、常世神の漂著地と、其将来したと考へられる神木、及び「さかき」なる名に当る植木が、一種類でないこと、古い「さかき」は、今考へられる限りでは、「たぶ」「たび」なる、南海から移植せられた熱帯性の木である事を示さう、との企てがあつたのだ。殊に肉桂たぶと言はれる一種が、「さかき」のかぐはしさを、謡ひ伝へるやうになつた初めの物か、と考へたのである。殊に、二度の能登の旅で得た実感を、披露したかつたのである。此側の写真は、皆藤井春洋さんが、とつてくれたのである。
文学篇の扉の処に出した「八百比丘尼」の石像は、四年前の正月、伊豆稲取のれふし[#「れふし」に傍点]町で見つけたもので、おなじ本の中にある房主頭の「さいの神」、帳面をひろげた女姿の「さいの神」らしいものとの間に、すゑてあつたのである。此神像は、土地の人すら、唯「さいの神」とより、今では考へて居ない様だ。が、左に担げた、一見蓮華らしい手草《タグサ》が、葉の形から、椿と判断する外ない。八百比丘尼の信仰の造形記念物としては、今日の処、此石像より知らない私は、非常に喜んだ。其後、伊豆大仁在の穂積忠さんに頼んで、とつて頂いてあつたのを出さずには居られなくなつた。この三枚の写真の作者は、名を入れ落したが、穂積忠氏作と書き入れて貰ひたい。この人の学生時代、郷土研究会で報告した「伊豆のさいの神」の信仰を、新しく憶ひ起したことであつた。近代のは皆房主頭で、地蔵様との区別がなくなつてゐる様である。その配偶なる女性が、八百比丘尼と結びついた径路を思はせたかつたのである。椿も亦、上代から見える神木で、市の祭りに臨む神の手草・杖であつた。山から神聖な男・女の里の鎮魂に携へ来る木である。其枝を杖にする山の神女が、山姥となる一方、不死の八百比丘尼の信仰が出来ても、手草はやはり、椿であつた。旧《フル》年に花さく山茶花は、椿の字を宛てる花木の元の物である。それに代へて、今の椿を用ゐる様になつたのだ。海には「たぶ」、山には「つばき」、この信仰の対照を見せたかつた点もある。民俗篇一の「たぶと椿との杜」の写真は、さうした意味から出したのである。
八百比丘尼を採つた第一の理由は、別にある。漂浪する巫女の神語りとしての文学は、古代の海部――或は、山部――其後の「くゞつ」・「ほかひ」から、近代まで筋を曳いてゐる。盲御前《ゴゼ》・歌占の類から、念仏比丘尼・歌順礼の輩の生活が其である。
八百比丘尼を中心として、かうした因縁語りが、長い連環をなしてゐる。日本文学の発生を説く事に力を入れたあの本には、適当らしく考へられたのであつた。当時、私は凝視点を、口頭詞章の上に据ゑる方法を、国文学史の上に試みを積んで、稍自信の出かけた際であつた。此態度を表白するには、此上もない物と考へずに居られなかつた。
今度の本の巻頭は、又「たぶ」の木である。海から来る神と、海ぎはの崖に聳える神木との関係を想ひ見るに、一番叶うたもの、と見立てゝ置いた土地の写真が、遅れて手に入つたので、棄てられない事になつた。三河北設楽の山村の写真は、早川孝太郎さんの作で、花祭りなる神事舞踊を行ふ山人の生活と、環境とを想うて貰ひたかつたのである。念仏踊りの陰惨な古い面形は、あれを、壬生の寺で見た時の、ぎよっとした気持ちを以て、念仏芸能の古形を考へたかつた為だ。文学篇の「文学の唱導的発生」に説いた念仏にも、狂言――或は特に、歌舞妓狂言――の発生、分化にも、暗示を含んだものとして、地平社発行の民俗芸術写真集から、借用することにした。色彩から来るいやらしさ[#「いやらしさ」に傍点]が、写真には出ないのは、せんもない。沖縄の分は、凡私が、見当知らずにとつたもので、中には、二度目に同行した、三上永人さんの作も交つてゐる。壱岐の島の図は、亦私の写した中から出した。一枚だけ、絵はがきを複製した。後に出来た要塞地帯の規則に触れない様にと思ふので、執著ある絵も出さなかつた。人形芝居の処に挿んだ写真や銅版画などは、北野博美さんが、人形芝居号の為に、蒐集して出されたものを借用する。その中には、宮良当壮さんの見とり図もある。念仏者の用ゐた人形は、其前年私も写したが、此方が勝れてゐるから、転載させて貰うた。
横山重さんは、私の学問――と言へるならば――に、しん底から愛を持つてくれてゐる。時には脇で言ひふれてゐると言ふ、私への「ほめ詞」を又聞きに耳に入れてくれる。消え入りたい思ひをした事も、二度
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