言葉があるから、かういふ使ひ方をすれば、新しい言葉が出来る、と考へてゐた跡が窺はれる。わりあひに、理くつの尠い歌でさへさうであるから、宣命だとて、一々、信用は出来ないのである。其時代の言葉と、古語とを調和させた、鵺のやうな言葉が多いのである。
一例をあげると、延言――奈良朝以前から、ずつと後まであつた――の非常に多いといふ事が、此を証拠だてゝゐる。此事は、宣命或は、作者名の明らかな長歌類を見るとよく訣る。が実は、此延言には間違ひが多かつた。殊に、僧侶の作者のものには、此事が云へるのである。
ところが、此らの造語は、造語なるが故に、既に、自由に使用の出来ない、幾多の運命を持つてゐるのである。それで宣命を、他の文章と較べて見ると、浮き上つて、異つてゐることが訣る。此を古い言葉を継いでゐるからだ、と簡単に云うて了ふことは出来ない。言葉に、生き/\した処と、死んだやうな処との混つてゐるのは、それ以外に、目を向けて見ねば訣らぬと思ふ。
右に述べた様な、宣命の形を取り込んで、平安朝になつて、古く固定した、祝詞や唱詞を改作したものが、延喜式の祝詞である。古い学者は、宣命は、奈良朝の祝詞を模倣したと言うてゐるが、さうではない。延喜式祝詞は、奈良朝の祝詞の言葉を取り込んで、それに、古い言葉を配当したものと見られる。かうして出来上つた文章は、変なものであつた。そしてそれが、昔の人に、訣つてゐたといふことは、甚不思議である。
我々が、祝詞を講義をするにも、不明で解けない個処がある。が、此が解けるといふのは、我々が其を、合理化して考へるからである。実際をいふと、祝詞は訣らぬものである。訣らぬものとして扱ふと、訣らない理由が、訣つて来る。すると、訣らぬものが、訣るわけである。訣るものとして扱ふと、合理化にひきつけられて結局、訣つて、訣らないことになる。こんな事をいふと、菎蒻問答のやうで、変なものであるが、併し、此が実際である。
昔から唱へ伝へてゐる古い文章は、それを扱ふ人に、はつきりと訣つてゐなかつた。処が、それを何遍でも、扱はなければならない。そこで、その訣らぬところは、自分の解釈を当てはめて扱うた。その為に、其処に段々、合理化が行はれて行くわけである。
かうした言葉が、言語以外に口頭詞章として、伝へられる場合には、単なる伝承者と、新しく創作しようとする者との相違によつて、非常な隔りが生じる。伝承の変化は、変化が自然であるが、作らうとする場合には、学者が意識的に、自分が勝手に解釈して用ゐて行くから、其処に不自然なものが出来て来る。従つて、古くから伝承せられた言葉の中にも、造語が多いわけである。
かう考へると、語原を討ねるといふことは、難しい事である。古い言葉を調べて見ると、語原の先に、まだその語原のある事が訣る。さうなると、全く見当がつかない。日本の辞書も、只あゝいふ風に、常識的に、語を陳列してゐるだけであつて、もつとつきつめた事になると、何もわかつて居ないのである。悲しいことではあるが、併しこれが、新しい研究の、刺戟にならねばならないと思ふ。今までの用語例といふものが、既に固定して了うてゐて、我々の拓かねばならぬ所が多いから、張り合ひがある訣である。
三
次に、口頭伝承の言葉で、段々、口語の中に織り込まれたものがある。其は、貴族のした事であつて、古語をその生活の上に活かして用ゐたので、古い言葉が、生きて来るやうになつた。それで、奈良朝に無かつた言葉が、平安朝になつて出て来るといふ事になるのである。併し此は、平安朝以前に、さういふ言葉が無かつた、といふ事にはならない。かうした現象は、平安朝に到つて、書物が多くなり、従つて記録せられる機会が多かつた為に、現れて来たとも考へられるが、又一方、貴族の語を模倣した女房の言葉が、記録せられるやうになつたといふ、時代の変遷にも依るのである。
かうしたわけで、何処かに伝つてゐる古い言葉とか、又は記録の文とかで、何かの場合にしか使はれないやうな言語が、生きて来るのである。譬へば、上達部といふ言葉は、平安朝になつて出て来るが、考へて見ると、決して平安朝に出来た言葉ではなく、宮廷と神社とを同じに考へてゐた、ずつと昔の言葉である。
こんな風にして、死んだ言葉が生きて来、又文語とそれと、調和した様な言葉が出来て来た。それで、長い時代の間には、伝へられた言葉が、すつかり、誤解を重ねて来ることになるのである。此は、口頭伝承を書き伝へた、書き物に対する誤解や、又誤つた直感が、働くことに依るのである。が此事は、表面の事実であつて、実はかうならねばならぬ、昔からの根があつた。それは、言葉の意味をわからなくする、神のあつたことである。
此神は、八心思兼神と云はれる、唱詞の神である。中臣氏の祖先だとも云はれてゐるが、誤りかと
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