つたのが、段々、普通に使はれるやうになつたものであらう。
此に対して、国は、天皇に半分服従し、半分独立してゐる処であつた。絶対に服従してゐるといふのは、神世からの極少数で、他は皆、天子の国と、即かず離れずの関係にあつた。
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おしてるや難波の崎よ。出で立ちて、わが国見れば……
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といふ仁徳天皇の御歌の国も、うつかりすると、大和と見えるが、此は、部下の国を見、部下の国を褒める言葉である。自分の国をいふ島なる語が、段々変化して、普通に用ゐられなくなり、且宮廷に属してゐる地方が、皆国だから、宮廷のある所まで、国といふやうになつたのである。かうなると、我々は、正当に使つた島といふ言葉があると、何か異様に感じて、水を廻らした島、といふ古い言葉が転じて、国の一区劃をも云ふやうになつた、と云はねば収まらなくなる。此は口頭伝承の、国語に移つてゆくにつれて、起る変化である。

     五

古事記のにゝぎ[#「にゝぎ」に傍線]の命天降りの段に、うきじまりそりたゝして[#「うきじまりそりたゝして」に傍線]といふ言葉があるが、これは、何の意味か訣らない。日本紀には、浮島なる処にとし、又その一書には浮島なる平にとなつてゐる。そんな変なことは無い筈だが、口頭伝承は、このやうに、まち/\に伝つてゐるのである。日本の古書には、古い程、又神聖な程、かうしたものが多い。大切だと思ふ処は、一生懸命に守つてゐるが、其処に意志を加へないから、益、変化してしまふ。
あまつゝみ[#「あまつゝみ」に傍線]、くにつゝみ[#「くにつゝみ」に傍線]といふ言葉がある。此については、既に書いた事もあるが、あまつゝみ[#「あまつゝみ」に傍線]は、くにつゝみ[#「くにつゝみ」に傍線]に対してゐるとされてゐるが、さうではなさ相である。すさのを[#「すさのを」に傍線]の命が、天上で犯した罪の償ひに、其時期になると、天上のことを地上にうつして、我々がせねばならぬ慎しみ、即日の神、日の神の作物に対する物忌みが、あまつゝみ[#「あまつゝみ」に傍線]である。くにつゝみ[#「くにつゝみ」に傍線]は、更に不思議であるが、此は、我々の考へてゐる程、古いものではないらしい。つまり、つみ[#「つみ」に傍線]の意味には、穢れ・物忌みに於ける、又神が欲しいと思ふと、神にあげる為の、慎しみをいふ意味もある。
あまつゝみ[#「あまつゝみ」に傍線]は、すさのを[#「すさのを」に傍線]の命が、天上の田を荒した為、その時期になると、神に仮装して、田作りを助けに来る。即、償ふのである。畢竟つゝしみ[#「つゝしみ」に傍線]とつみ[#「つみ」に傍線]とは、さう、意味は変らぬのである。かうして、あまつゝみ[#「あまつゝみ」に傍線]を考へて見ると、実は、変なものである。昔の人の考へ方がよいか、自分の考へ方が悪いかといふと、それは、語自身の罪であつて、八心思兼神が悪いのである。
端的に云ふならば、あまつゝみ[#「あまつゝみ」に傍線]は、あめつゝしみ[#「あめつゝしみ」に傍線]である。言ひ換へれば、ながめいみ[#「ながめいみ」に傍線]と言ふ事だと思ふ。この言葉は、万葉にもあつて、雨づゝみ[#「雨づゝみ」に傍線]とも云うてゐる。物忌みは、五月と九月との二度あつて、其中、五月のが主である。それは、ちようど霖雨の時だから、此をながめをする[#「ながめをする」に傍線]といひ、更に略して、ながむ[#「ながむ」に傍線]と言うた。この慎しみの期間は、禁慾生活をせねばならぬのである。此が、平安朝の、物語にある、ながむ[#「ながむ」に傍線]といふ言葉の原であつて、つまり、長い間の禁慾生活をして、ぼんやりしてゐる。其がながめ[#「ながめ」に傍線]であつた。
此ながめいみ[#「ながめいみ」に傍線]即雨づゝみ[#「雨づゝみ」に傍線]を、どうして今まで、天つ罪と、関係して考へなかつたのであらうか。違ひは単に、濁りだけのことである。昔の人には、つゝみ[#「つゝみ」に傍線]でも、づゝみ[#「づゝみ」に傍線]でも、同じ事であつた。此が、田植ゑや、田に関した物忌みで、霖雨の頃にするのである。此事が、すさのを[#「すさのを」に傍線]の命の話と結びついたのだ。あまつゝみ[#「あまつゝみ」に傍線]は、実は、何でもない事なのである。此について、天つ罪がほんとうだと、云ふ人があつても、日本の伝承の素質では、何方にでも云ひ得るものを持つてゐるので、其を違ふとも云ひ切れない。
以上甚、纏らぬことを述べたが、たゞ日本の語源説とか、文法とかでは、もつとやり直してもらはねばならぬものが沢山ある、といふことだけを考へて頂ければ、此話の目的は、達せられたわけである。



底本:「折口信夫全集 3」中央公論社
   1995(平成7)年4月10日
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