、やゝ論理一遍に傾くが、「じもの」の出来る道筋も知れる様だ。
「じもの」の慣用の最少いものは、記・紀である。その中、
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あをによし 奈良のはざまに、斯々弐暮能《シヽジモノ》 みづくへこもり、みなそゝぐ 鮪の若子《ワクゴ》を あさり出《ヅ》な。ゐのこ(武烈紀)
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此「しゝじもの」の用例は、他の枕詞の「しゝじもの」と余程違うてゐる様に見える。此「しゝじもの」を「みづく[#「みづく」に傍線]へこもり[#「こもり」に傍線]」の、どの部分かにかゝつてゐるやうに、説くのは苦しい。其なら寧、句を隔てゝゐるが、「しゝじもの……あさり出《ヅ》な。猪の子」と説けばよい。さう考へると、「をのこじもの」と幾分形が似て来るので、比喩とは遠ざかる。私は一体此「じもの」が歌謡にとり入れられた原因を寧、歌謡その物以外にある、と見て来てゐる。即、歌謡の歴史上において、呪詞(寿詞・祝詞)の古い様式を、長歌が率先してとり入れる様になつた飛鳥・藤原時代から盛んになつたものと見てゐる。此件については別に書いたものがある。此処には其をくり返す繁雑を避けさせて頂く。たとへば、可なり新しい例からあげると、平安初期に固定したと見るべき延喜式祝詞にも、其痕跡が見える。
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○辞別。伊勢[#(尓)]坐……皇吾睦神漏伎・神漏弥命[#(登)]宇事物[#「宇事物」に白丸傍点]頸根衝抜[#(※[#「低のつくり」、第3水準1−86−47])]……(祈年祭)
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此は、祈念祭と同様の形式をとる月次祭は勿論、どう言ふ訣か、広瀬川合祭・龍田風神祭にも用ゐてゐる。而も、「もの」と言ふ語の多く出て来る例として、
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○わが地《トコロ》とうすはきいませと進《タテマツ》るみてぐらは、明妙・照妙・和妙・荒妙にそなへまつりて、見明物《ミアキラムルモノ》[#(止)]鏡、翫物《モテアソブモノ》[#(止)]玉、射放物[#(止)]弓矢、打断物[#(止)]大刀、馳出物[#(止)]御馬、……に至るまでに、横山の如、几物に置き足らはして……(遷却祟神祭)
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が挙げられよう。他の中臣祝詞とは違ふし、斎部祝詞だけに、尠くとも発想法の古きを保つてゐることも頷ける。此点、同じ様であり乍ら、出雲国造神賀詞は、幾分新しい発想をとつてゐる。
つまり国造家の負幸物と呪詞とを関聯せしめて言ふのに、「もの」の用語例を換へて来てゐる。つまり唯の枕詞のやうにしたてゝゐるのだ。でも尠くとも枕詞として考へる以上、「じもの」に近い用語例と、「……の」と比喩法を採るのと、二つながら並行した方法なる事と合点は行く。
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朝日の豊さか登りに、神[#(乃)]礼[#(自利)]、臣[#(能)]礼自[#「礼自」に白丸傍点][#(登)]御祷《ミホキ》の神宝献らくと奏す。白玉の[#「白玉の」に傍線]大御白髪いまし、赤玉の[#「赤玉の」に傍線]みあからびいまし、青玉[#「青玉」に傍線]の[#「の」に二重傍線]水江[#「水江」に傍線]の[#「の」に二重傍線]玉の[#「玉の」に傍線]ゆきあひに、……手長《タナガ》の大御世をみはかし広に[#「みはかし広に」に傍線]誅堅《ウチ?》めて、白御馬の[#「白御馬の」に傍線]……踏み堅め……振り立つる事は、耳の[#「耳の」に傍線]いや高に、天下をしろしめさむ事志太米[#「事志太米」に傍線]、白鵠《クヾヒ》の生御調[#(能)]玩物[#(登)]、倭文の大御心も多親《タシ》に、……若水沼にいや……若えまし、すゝぎふるをどみの水の[#「をどみの水の」に傍線]……みをちまし、まそびの大御鏡の面をおしはるして見そなはす事のごとく[#「見そなはす事のごとく」に傍線]、……しろしめさむ事[#(能)]志太米と御祷の神宝を※[#「敬/手」、第3水準1−84−92]げ持ちて、神礼[#(自利)]・臣礼[#(自)]と……
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[#地から1字上げ](出雲国造神賀詞)
呪詞に起原を持つ表現法が、思ひがけない程、多く古代祝詞には相当な数はある。而も其方の「鵜じもの」と、記・紀の側では「しゝじもの」などが目につく位だ。而もある点では、奈良朝の文法の貯溜池と見られる宣命には、同じ「じもの」でも、特殊な用語例が残つてゐるのである。さうして其が、第一類の比喩表現を含む「じもの」と関係なく、第二類に極めて近いことが考へられるのだ。第二類から第一類への過程に、「牀じもの」を据ゑて見れば、稍解釈がつきさうに思はれる。我々は成立した形容詞活用に左右せられることなしに、其以前の形を考へるつもりで、まづ見てゆく必要がある。
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○朕《ワ》が臣としてつかへ奉る
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