もなく、例証の豊富な語である。結局語その物ばかりに就いて言へば、語根よし[#「よし」に傍線]と言ふ形に復して、用ゐられる訣なのだ。
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はしけやし  (はしけよし〈紀〉)
はしきやし  (はしきよし〈万葉〉)
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かう言ふ例になると、大体において、「け」と言ふ音の過程を含んだ方が古くて、「き」と言ふ音に直つてゐる方が新しい意識を持つてゐるものと考へられる。此とても、古い語形と新しく調節せられたものとが並用せられる例である。つまり、「はしけ」或は「はしき」と謂つた連体感覚を含んだ語に、「やし」「よし」がついたので、語根に其がついた時代から見ると、稍新しいと見ねばならぬ。此とても、枕詞の一つとして考へられてゐるものだが、其かゝる所は、妹・君などから延長して、家・国・里などにもかゝり、更に幾句かを隔てゝもかゝる様になつた。其上、鍾愛・未練・執着の心持ちをこめて言ふ時の一種の独立語の様な用途をさへ開いて来た。併し乍ら其は、内容の上の問題で、形式から言ふと元来、「はしき……妹・君・家」など言ふ接続ぐあひのはつきり訣つてゐたものであつた。たとへば、「はしき妹」「はしき其[#「其」に傍線]君」とでも、言へるところである。尤、「其」と言ふ語は、便宜上挿入したゞけで、決して、「し」などに「其《ソノ》」の義があるとは考へてはゐないのだ。
かうして考へて来ると、我々の所謂連体形なるものは、存外文法的に有機的なものでなかつたに違ひない。単綴語における、接近した二つの語とおなじ関係に似たものがあつたらしいのである。にも繋らず、かうした明らかな、屈折以上の連結のあるものがある。
「石見のや……高角山」「みなとのや……芦が中なる」「淡海のや……鏡の山」に於いても、同様なことが言へる。此「や」は声楽上の気分には、内容があつても、論理的の意義はない。又更に、「伊加奈留夜人にいませか(仏足石歌)」「如何有哉《イカナルヤ》人の子ゆゑぞ(万葉巻十三)」「天なるや弟たなばた」の場合も、疑ひもなく、「や」は文法上の職能を示して居ない。所謂感動の「や」或は「棄てや[#「や」に傍線]」と称せられてゐるものは、一種の囃し詞と見られる理由もある程、詞の意味を持つてゐない様に思はれる。殊に、俳諧の切れ字として見る時は、明らかに、此辞によつて、意義が中断せられ、そこに一種の情調を湛へるものと思はれるのだが、此も唯、習慣の推移から来てゐるに過ぎないことが知れる。

        第一類
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○たかし[#「たかし」に傍線]るや……天[#「天」に二重傍線]のみかげ  あめし[#「あめし」に傍線]るや……日のみかげ
○あまとぶや……軽《カル》[#「軽《カル》」に二重傍線]路《ノミチ》……領巾片敷《ヒレカタシ》き……鳥
○あまてるや……日《ヒ》[#「日《ヒ》」に二重傍線]のけに(あまてる……月)
○おしてるや……なに[#「なに」に二重傍線]は(おしてる……なには)
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        第二類
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○をとめの寝《ナ》(鳴)すや板戸
○ゆふづくひ指也《サスヤ》河辺
○さをしかの布須也《フスヤ》くさむら
○さぬやまに宇都也斧音《ウツヤヲノト》
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        第三類
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○かしこきや(恐也み墓仕ふる。……可之古伎夜みことかゞふり。……惶八神の渡り)
○うれたきや(宇礼多伎也しこほとゝぎす。……慨哉しこほとゝぎす)
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大体この様に三部類に亘つた「や」の用法について、今一応、おなじことをくり返して見たいと思ふ。第一類は、万葉当時既に枕詞としての意識は持たれてゐたに違ひないが、尚単なる用言の連体形の様な感じがある。其について、「や」を附加することによつて、様式上の連体状態を中断し、而も内容において、連体性能に何の変化もなからしめてゐる。と同時に、音律感覚の推移から来る不足感を十分補はしめてゐる。さうしてかう言ふ自然の方法が、新しい連体職能を構成すると共に、枕詞として独立した格の感じを成立せしめようとしてゐるのだ。
第二類になると、句が修飾部の様になつてゐるので、「や」の職能は、更に発達し、文法的機能が漲つて来た様子が見えるのだ。
ところが第三類には、右に言つた用語例の外に、特殊なものゝ加つて来てゐることが見られる。
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A○やすみしゝ我《ワゴ》おほきみの 恐也《カシコキヤ》みはかつかふる山科の鏡の山に……(万葉巻二)
 ○可之故伎也天のみかどをかけつれば、哭《ネ》のみし泣かゆ。朝宵にして(同巻二十)
 ○可之古伎夜みことかゞふり、明日ゆりや、かえがいむたねを いむなしにして(同)
B○……海
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