実に感ぜられて居つたものが次第に、かうした「し」の部分だけを、その屈折と見做す理会が嵩じて来て、一種の用言観念を生じて来たもの、と言ふ考へを、久しく固守してゐた。唯、わが古文献は、先に述べた文法時代のうち、第三期の材料は非常に多く残つてゐるに繋らず、第二期既に尠く、第一期に至つては、恰、化石の散列から有形を想像するより外に方法がない程、材料が残つてゐない。さうした間から我々は、まづ語根の末尾に「し」或は「s」に似た音を共有した多くの例を見いださなければならない。処が、我々の探求する事の出来るものは、単に形容詞の語尾か或は語根の屈折したものかの判断にすら、迷はなければならない例があるに過ぎない。其で、私はこの側の主張をさし控へると共に、どうしてさう言ふ考へ方をせねばならなかつたか、と言ふ径路を示す事が、もつと新しい考へを形容詞の語尾の研究に与へる事になりさうに思ふ。
私は動詞・形容詞に通じて、語尾発生の規則らしいものゝあるを考へてゐた。其は、語根の尾音が子音であつて、その屈折が母音を包含する様になる。譬へば、動詞に於いては、「う」列音を派生する事に依つて、まづ終止形が出来る。さうして、更に自由な屈折が、所謂総ての活段を意識せしめるまでにくり返されたものと見てゐた。さうして此は、尠くとも動詞に於いては真理である。今におき、この考へを私は変へる必要を認めてゐない。だが、其と共に私は、形容詞の成立にも、同じ原因のあるもの、と考へたのであつた。だが、その為には、幾歩を譲るとしても、形容詞語尾「し」を意識する為には、或種の事情を共通した「s」音で終る語根のあつたその理由を知らなければならない。其と共に、動詞の場合に稀に「i」音で屈折するのがあるにしても、多くは「u」音であるに拘らず、形容詞に於いては「i」音である訣と、「i」音がどうして附着して来たかの説明がいる訣である。処が我々には、まだ理会せられない所の或法則的に用ゐられる「し」がある。
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イ、とこしへ かたしへ
いにしへ
ロ、いまし(く) けたし(く)
しまし(く)
ハ、やすみしゝ いよしたゝしゝ
あそばしゝ
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此等の「し」に就いて、或ものは所謂接尾語、或は緊張辞、と言ふ風に説明して行けるであらう。併しながら其は、文法的の分類でなくて、修辞的の区劃である。このう
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