#「ちぎびつ」に傍線]と、雛の正体との関係で、其はよほど、密接だつたらうと言ふ事である。私をして言はしめれば、ひな[#「ひな」に傍線]は、ちぎびつ[#「ちぎびつ」に傍線]からは離す事の出来なかつたものである。雛祭りには、此が出なければならなかつたのである。元来は、ちぎびつ[#「ちぎびつ」に傍線]の中にひな[#「ひな」に傍線]が入れられて居たのだ、と考へてよい。其には、段々証拠がある。譬へば、くゞつ[#「くゞつ」に傍線]の道具を見ても訣る。
或器物の中に、神霊が入れられてあつて、呪術の必要から、其がとり出される。かう言ふ事は、何事にも類例はあると思ふ。此霊物は、出さないで神力あるものと、取り出して、神秘な動作をする事によつて、其が現れるものと、二様に見られる訣だが、或旅行用具、或は其が変つて来た神聖な箱の中に、神霊を入れた例は、幾つかある。此の更に進化したものが、傀儡子の胸にかけた箱である。要するに、海の神人の持つたくゞつ[#「くゞつ」に傍線]・山の神人の持つたほかゐ[#「ほかゐ」に傍線]なども、同じ性質のものと見られる。
沖縄本島首里の石嶺に、行者《アンニヤ》村と言ふ部落があつて、其所に念仏者《ニンブチヤ》と称する者が居るが、此家には、内地の後世の人形遣ひ・傀儡子の歴史を考へる上に、非常に暗示を含んだ遺物を存して居る。大正十年に、私が此村を訪ねた翌年、宮良当壮君が、又訪ねた。此話は、炉辺叢書に譲つていゝ程、詳しい記録をとつて来てくれた。たゞ私が、初めて此部落を、訪れた時の実感を申すと、沖縄には、石嶺の外にも、地方に分散してゐる念仏者があつた様だが、此村の念仏者は、毎年春になると、沖縄中を廻つたものらしい。彼等は、前面の開いた箱を首にかけて、其中で、小さな人形を踊らせる。注意すべき事は、其箱をば、てら[#「てら」に傍線]と言うてゐる。沖縄では、普通日本の神をかんげん[#「かんげん」に傍線]として祀つた社の外は、ほこら[#「ほこら」に傍線]・祀堂に通じて、すべて、てら[#「てら」に傍線]と称して居るので、行者村の入り口にある阿弥陀堂を、やはりてら[#「てら」に傍線]と称して居る。だから、行者の首にかけてゐる箱は、つまり社であり、堂である訣だ。其中で、人形を踊らせるのだから、此には芸能以上の意味を以つて、考へられたものがあつた、と見なければならない。
併し、我々に訣つてゐるところでは、彼等の行うた人形芝居は、宗教劇には関係がない様である。主として京太郎《チヨンダラ》と言ふ日本《ヤマト》の若衆をば、主人公にしたものである。沖縄では、此京太郎と言ふ人形と、其を舞はす人とを一つにして、考へてゐる形跡が、明らかである。京太郎とは、継母・継子で内地から流れて来た者だ、と言うて居るが、其には、一種の政治上の目的を持つて居た――薩摩が攻めて来る前に、沖縄の土地へ探索に来た――と考へて居る。行者村を、特殊部落扱ひにして居るのは、此国を売つた恨み・憎しみだとしてゐる。
一二 念仏聖と人形舞はしと
京太郎《チヨンダラ》と言ふ戯曲は、元、内地のお伽仮名草紙にあつたものに相違ない。しらゝ[#「しらゝ」に傍線]・おちくぼ[#「おちくぼ」に傍線]・京太郎と並び称せられて居た位だから、いづれ、継母・継子の話だつたのだらう。継母・継子の話は、平安朝頃からあるが、男の子を苛める話は、鎌倉時代からゝしい。此話を、かなり早い時代――薩摩の琉球攻め以前――に、念仏聖《ネンブツヒジリ》の徒が、人形を舞はしながら、持つて行つた。それが人気を集めたので、後々までも、人形舞はしの事を京太郎、と言ふ様になつたのであらう。彼等が持つて居る歌を見ると、念仏系統の歌――寧、口説《クドキ》風の歌――が多い。外には、万歳の様なことほぎ[#「ことほぎ」に傍線]の歌、それから、万歳のくづれの様なものもある。どうしても、念仏聖の持つて行つたものと言ふことが考へられるのである。
念仏聖の事は言ひ尽し難いが、此から喜劇的のものが生れて来た事だけは考へてよい。壬生狂言の如き黙劇も、此から生れて居る。又、親友さへも認めてくれないで居るけれども、此が田楽に融合して居るのは事実が証明して居る。その外、木遣り・伊勢音頭の類を見ても、念仏の影響してゐる事は容易に考へられる。又、万作踊りを見ても、四竹《ヨツダケ》踊りを見ても、念仏の末流と言ふ事を考へないでは訣らないと思ふ。とにかく、近世の芸能の上に、どの位念仏が影響して居るかは、想像に能はない位である。沖縄の念仏者はたゞ人形芝居を持つて居るだけだから、此二つには関係がないとは言へまいと思ふ。此念仏者の歌を見ると、京太郎の外にも尚|継母《マヽウヤ》系統のものが若干ある。継母に苦しめられた、苦しい悲惨な子供の事を説いて、仏道に帰依させようとした形跡が十分
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