て居る。
文学の上の例として、謡曲の泰山府君を見ると、桜の命乞ひの話がある。泰山府君は仏教の閻魔と同様なもので、唐から叡山の麓に将来した赤山明神である。此神に願を懸けて、桜の命乞ひをした桜町中納言(信西の子)の話がある。まことに風流な話であるが、実生活には何らの意味もない。だが、こゝに理由があるのだ。即、桜の命乞ひをする必要があつたのだ。此習慣から、実生活に入つて、桜町中納言を持ち出したのである。

     三

平安朝の初めから著しくなつて来るものに、花鎮《ハナシヅ》めの祭りがある。鎮花祭は、近世の念仏踊り・念仏宗の源となり、田楽にも影響を及して居る。
鎮花祭の歌詞は今も残つてゐるが、田歌であつて、かういふ語で終つて居る。
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やすらへ。花や。やすらへ。花や。
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普通は「やすらひ花や」としてゐる。「やすらへ」は「やすらふ」の命令法であつて、ぐづ/\する事である。ぐづ/\して、一寸待つて居てくれと言ふ意味である。だから、此鎮花祭を「やすらひ祭り」と言ふのである。
この祭りの対象になる神は三輪の狭井《サヰ》の神であつて、尠くとも、大和から持ち
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