よつて、言葉が伝はつて来るのである。換言すれば、榊はもどきの木[#「もどきの木」に傍線]、説明役の木である。
橘はまた違うて、生命を祝福する木に相違ない。橘の実を「ときじくの香《カグ》の木《コ》の実」と言うた。たぢまもり[#「たぢまもり」に傍線]は、但馬の人――私は出石人《イヅシビト》と名をつけて置く――で、考古学者は漢人種の古く移民して来たものだと言うて居る。此人々の、祖先の中の一人であつた彼が、垂仁天皇の仰せにより、常世へ行つて、ときじくのかぐの木の実[#「ときじくのかぐの木の実」に傍線]を将来した。ときじく[#「ときじく」に傍線]は、常にある意で、かぐ[#「かぐ」に傍線]はよい香のある意である。たぢまもり[#「たぢまもり」に傍線]が帰つて見ると、天皇はもう崩《ナ》くなつて居られた為に、哭いて天皇の御陵の前に奉つた事は名高い伝へである。
日本紀には、縵《カゲ》四縵・矛四矛を大后に奉り、縵四縵・矛四矛を御陵に奉つたとある。桙と言うても、棒のみを斥《サ》すものではなく、かげ[#「かげ」に傍線]は冑をまで称せられた。橘の細い杖を撓めて鬘にし、八つの縵と八つの矛とを造つて、奉つたのである。
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