四月八日を中心とした此日は、普通「山籠り」の日と言うて居る。此日、村の娘が五月処女《サウトメ》としての資格を得るのである。そうとめ[#「そうとめ」に傍線]と音便で呼ばれる語形さをとめ[#「さをとめ」に傍線]の結合は、近世では出来ない結合である。処女《ヲトメ》は神事に仕へる女、と言ふ事である。をとこ[#「をとこ」に傍線]も神事に仕へる男の意である。処女が花を摘みに行つて、花をかざして来る事は、神聖な資格を得た事であつて、此時に「成女戒」が授けられる。此は一年の中、二度か三度行はれたが、もとは一度であつて、男を避けて暮すのが習慣である。
処女が其資格を得ようとする徴《シルシ》に花かざし[#「花かざし」に傍線]をする。躑躅が用ゐられた。一種の山蔓《ヤマカヅラ》である。こゝに何か秘密な行事があるので、其時に花をさしたと言ふ事が、成女戒を授けられた事になる。此は毎年生れかはる形であるので、毎年受けるものなのだが、一生の中に、二度うける様にもなつた。だが、昔は、事実はおなじ女性がつとめても、毎年別の人が生《ア》れ出て来ると信じて居た。
男は五歳から十歳頃までに袴着《ハカマギ》を行ひ、女は裳着《モギ》をする。此袴着・裳着は、幼時に一度行ふばかりでなく、大きくなつてから今一度行ふ。貴族の男児は、成年戒には黒※[#「巾+責」、第3水準1−84−11]をつける。其形は日本在来の鬘の形で、後方で結んで居て、植物の蔓を頭へ巻いたと同じ形である。物忌みの間につける蔓の形が、支那の※[#「巾+責」、第3水準1−84−11]の形と合して、黒※[#「巾+責」、第3水準1−84−11]となつたのだ。
此に対して女は「はねかづら」を着ける。万葉集には「はねかづら」と言ふ語が四个所に出て来る。
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はね蔓今する妹を夢に見て、心の中《ウチ》に恋ひわたるかも(家持――巻四)
はね蔓今する妹はなかりしを。如何なる妹ぞ、許多《コヽダ》恋ひたる(童女報歌)
はね蔓今する妹をうら若み、いざ、率《イザ》川の音のさやけさ(巻七)
はね蔓今する妹がうら若み、笑《ヱ》みゝ、怒《イカ》りみ、つけし紐解く(巻十一)
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即「はね蔓《カヅラ》今する妹」といふ様な形になつてゐる。此はねかづら[#「はねかづら」に傍線]は花かづら[#「花かづら」に傍線]の事であらう、と言ふ説がある。其はとにか
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