も、正しい姿に直して見れば、常に、水の神及び、其一類であつた。尠くとも、ある時代まで、さう考へて迎へもし、招かれても来たのである。勿論水の精霊等は、人の仮りに扮装したものである。其が何時か、唯の人の姿で出て来る様になる。一方、又近代では、苗を束ねた人形や、役のすんだ案山子《カヽシ》を正客とする程神を空想化してゐる処もある。水の神の為のふるまひ[#「ふるまひ」に傍点]と言ふ事を忘れて後も、何だか、水の神に関聯した行事の様に思ふ心は残つてゐる。其が、膳椀の貸してに、水の神を定めた理由である。話は逆に聞えるであらうが、此が伝説上には、正しい推理なのである。
頭の皿を言ふ前に、まづ椀貸しとの関係の結論を述べて置く。河童とまで落ちぶれない神の昔から、皿を頂いてゐると言ふ伝へがあつて、其で、水の神がさう言ふ器具を持つて居る、との考へが導かれたのだらう。膳椀は、水中に何処にあるか、其とも河童の皿の中の、無尽蔵の宝と共に這入つてゐるのか、此は後に説く。ともかく、河童の皿は、昔からあゝした小型の物と考へてゐたか。此も亦、問題である。河童は、水の神であり、又其眷属とも考へられる。其ほど、或時は霊威を発揮し、ある時はふえありい[#「ふえありい」に傍線]の様な、群衆して悪戯をする。或は、海の神の分霊が、水のある処に居るものとして、無数の河童を考へたのかも知れない。近代の河童から見れば、さう説かねばならぬ様である。でも私は、別の考へを持つてゐる。
河童を通して見ると、わが国の水の神の概念は、古くから乱れてゐた。遠い海から来る善神であるのか、土地の精霊なのか、区劃が甚朧げである。神と、其に反抗する精霊とは、明らかに分れてゐる。にも拘らず、神の所作を精霊の上に移し、精霊であつたものを、何時の間にか、神として扱うてゐる。河童なども、元、神であつたのに、精霊として村々の民を苦しめるだけの者になつた。精霊ながら神の要素を落しきらず、農民の媚び仕へる者には、幸福を与へる力を持つてゐると言つた、過渡期の姿をも残してゐる地方もある。
河童の皿は、富みの貯蔵所であると言ふ考への上に、生命力の匿し場の信仰を加へてゐる様である。水を盛る為の皿ではなく、皿の信仰のあつた処へ、水を司る力の源としての水を盛る様になつて来たのである。だから、生命力の匿し場の信仰は、二重になる。だから私は、皿の水は後に加つたもので、皿の方を古いものと見てゐる。
皿が小さくてもよい様に思ふのは、水の方を考へるからである。土地によつては、頭の皿は、芥子坊主の頂の剃つた痕と一つにしてゐる様である。又其処の骨が、自ら凹んでゐるとするものもある。或は、皿は髪の毛の中に隠れてゐるとも言ふ。大体は、此位の漠然とした考へ方である。
北九州の西海に面した地方は、河童の信仰の、今も最明らかな処である。皿がちやんと載つてゐると言ふ処が多い。唯、其皿について、仰向いてゐるとするのと、頭の頂に伏せられてゐると言ふのと、上下二枚の皿が合さつて蓋物の様になつてゐる、と説くものとがある。第三のは、水のこぼれを防ぐつもりの物らしく、おもしろいが、一番新しい形だと思ふ。頭の皿と言へば、仰向けか、うつ向きかは、誰にも問題にならない程、わかりきつた時代の説明省略のまゝの形を、ひき継いだ後の代には、早く皿の据ゑ様を、思ひ浮べる事が出来なくなつたのであらう。其でかう、色々に説く様になつたのである。私は恐らく、皿は伏せられて居たのであらうと思ふ。其も、今まで考へて来た様な、小さな物に限るまいと思ふ。もつと大きな物であつたかも知れぬ、と思ふ。
かうした皿を、子どもの時から嫁入る迄、被き通した姫の物語がある。「鉢かづき姫」の草子である。此には、鉢とあるのは、深々と顔まで、掩うて居たからである。おなじ荒唐無稽でも、多少合理的にと言ふので、皿より鉢の方を択んだ伝へを、書き留めたのであらう。其程大きくなくとも、不思議の力が、其皿の下に、物を容れさせたのである。鉢と言ひ、皿と言うても、大した違ひはないのである。鉢かづき姫が、御湯殿に勤めて、貴い男に逢ひ初めるくだりは、禊ぎの役を勤めた、古代の水の神女の俤がある。が、湯殿に仕へるだけでは、此以外の物語にもある様だ。唯湯殿で男にあふ点が特殊である。慶応義塾生高瀬源一さんが、鉢かづきの入水して流されて行く処が、殊に水の縁の深い事を示してゐるのではないかと問うた。鉢かづきの鉢がこはれると、財宝が堆《うづたか》く出て、めでたく解決がつく。かうして見ると、此姫の物語も、やはり、水の神の姿を持つてゐる。
水の神は、頭に皿を伏せて頂いてゐる。其下には、数々の宝が匿されてゐる、と考へたのである。皿が拡張すれば、笠になる。水の精霊なる田の神の神像の、多く笠を着てゐるのも、かうした理由を、多少含んでゐるかも知れぬ。大阪で育つた私
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