言せられた人が、厳重に水を忌んだが、思ひも設けぬ水に縁ある物の為に、命を失ふ話の型の中に、其日雪隠に入つて、河童にしりこ[#「しりこ」に傍点]を抜かれた話もある。厠の中を不似合として、手水鉢の中から出たことにしてゐる例は、筑前三井郡出身の本山三男さんから報告せられた。
殿川屋敷の井《カハ》に沈んでゐる椀も、河童と因縁の浅からぬものなのである。他界の妻の残して行つたものゝ伝へも、段々ある。残す物にも色々あらうに、椀を残して去つたのは、水の精霊の旧信仰の破片が、こびりついて居るのである。此は河童の椀貸しの話に寄せて説きたい。
[#「右水虎圖依懇望乞需之以大久(久)保忠寄所藏之本模寫之者也…」のキャプション付きの河童の図(fig18395_04.png)入る]
ある家の祖先の代に、河童が来て仕へた話は、大抵簡単になつてゐる。毎夜忍んで来て、きまつた魚を残して戻る。なぜ、今では来なくなつたとの問ひを予期した様に、皆結局がついてゐる。河童の大嫌ひなものを、故意に何時もの処に置いた。其を見て、恐れて魚を搬ばなくなつたと言ふのだ。河童が離れて、ある家の富みが失はれた形を、一部分失うた事に止めてゐるのが、魚の贄《ニヘ》の来なくなつた話である。家の中に懸けられる物は、魚も一つの宝《タカラ》である。異郷の者が来て、贄なり裹物《ツト》なりを献げて還る古代生活の印象が結びついて、水界から献つた富みの喪失を、単に魚の贄《ニヘ》を失うた最低限度に止めさせたのである。農村の富みは、水の精霊の助力によるものと信じて居た為である。家の栄えの原因は、どうしても、河童から出たものとせねばならぬ。だから、河童を盛んに使うた時代のあることを説いてゐる。河童駆使の結果は、常に悲劇に終るべきを、軽く解決したのである。昔から伝へた富み人の物語が、今ある村の大家の古事にひき直して考へられたのである。
[#「川太郎…」のキャプション付きの河童の図(fig18395_05.png)入る]

     二 河童使ひ

河童が、なぜ[#「なぜ」に傍点]人に駆役せられる様になつたか。此には、日本国中大抵、其悪行の結果だとしてゐる。人畜を水に曳きこんだ、又、ひきこまうとしたのが、捉まつた為とするのである。
最初に結論から言はう。呪術者に役《エキ》せられる精霊は、常に隙を覗うてゐる。遂に役者《エキシヤ》の油断を見て、自由な野・山
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