か、昔ながらである。作家が批評家を見くだし無視しようとする気位は、まずありうちの正しくない態度であるが、前に言った「月毎評判記」の類では、評家自身は、作物の一附属としての批評を綴っているに過ぎないことになる。ほんとうの批評は、作物の中から作家の個性をとおしてにじみ出した主題を見つける処にある。この主題も、近代劇によく扱われている――而も菊池寛氏が、其を極めてむき出しな方法で示している――様なのを言うとする人々に同じたくない。主題を意識の上の事とするから、そう言った作物となって現れもし、読者たちにも極めて単純にして、聡明《そうめい》なるに似た印象を与えるのである。けれども主題と言うものは、人生及び個々の生命の事に絡んで、主として作家の気分にのしかかって来た問題――と見る事すら作家の意識にはない事が多い――なのである。其をとり出して具体化する事が、批評家のほんとうの為事《しごと》である。さすれば主題と言うものは、作物の上にたなびいていて、読者をしてむせっぽく、息苦しく、時としては、故知らぬ浮れ心をさえ誘う雲気《うんき》の様なものに譬《たと》える事も出来る。そうした揺曳《ようえい》に気のつく事も、批評家でなくては出来ぬ事が多い。更にその雲気が胸を圧《おさ》えるのは、どう言う暗示を受けたからであるかを洞察する事になると、作家及び読者の為事でない。そうした人々の出来る事は、たかだか近代劇の主題程度のものである。批評家は此点で、やはり哲学者でなければならぬ。当来の人生に対する暗示や、生命に絡んだ兆しが、作家の気分に融け込んで、出て来るものが主題である。其を又、意識の上の事に移し、其主題を解説して、人間及び世界の次の「動き」を促すのが、ほんとうの文芸批評なのである。
だから狭い意味では、その将来の方角を見出して、作家の個性を充して行ける様に導いて行くのが批評家の為事であり、も少し広くすると、人間生命の裏打ちになっている性格の発生を、更に自由に、速やかならしめるものでなくてはならぬ。外的に言えば人間生活の上の事情を、違った方角へ導いて、新しい世の中を現じようとする目的を持ったものであることである。
小説・戯曲の類が、人生の新主題を齎《もたら》して来る様な向きには、詩歌は本質の上から行けない様である。だから、どうしても、多くは個々の生命の問題に絡んだ暗示を示す方角へ行く様である。狭くして深い生命の新しい兆しは、最鋭いまなざしで、自分の生命を見つめている詩人の感得を述べてる処に寓《すま》って来る。どの家の井《いど》でも深ければ深い程、竜宮の水を吊り上げる事の出来る様なものである。此水こそは、普遍化の期待に湧きたぎっている新しい人間の生命なのである。叙事の匂いのつき纏《まと》った長詩形から見れば、短詩形の作物は、生命に迫る事には、一層の得手を持っている訣《わけ》である。

   短詩形の持つ主題

俳句と短歌とで見ると、俳句は遠心的であり、表現は撒叙式である。作家の態度としては叙事的であって、其が読者の気分による調和を、目的としているのが普通である。短歌の方は、求心的であり、集注式の表現を採って居る。だから作物に出て来る拍子は、しなやかでいて弾力がある。読者が、自分の気持ちを自由に持ち出す事は、正しい鑑賞態度ではない。ところが芭蕉の句はまだ、様式的には短歌から分離しきって居ない。それは、きれ字[#「きれ字」に傍点]の効果の、まだ後の俳句程に行って居ない点からも観察せられる。芭蕉の句に、しおり[#「しおり」に傍点]の多いのも、此から出て居る。併しながら元々、不離不即を理想にした連俳出の俳句が、本質の上に求心的な動きを欠いて居る事は、確かである。此点に於て、短歌は俳句よりも、一層生命に迫って行く適応性を持って居ることは訣《わか》るであろう。唯、明治・大正の新短歌以前は、その発生の因縁からして、かけあい[#「かけあい」に傍点]・頓才《とんさい》問答・あげ足とり・感情誇張・劇的表出を採る癖が離れきらないで居た。其為に、万葉集以後は、平安末・鎌倉初期に二三人、玉葉・風雅に二三人、江戸に入って亦四五人、此位の纔《わず》かな人数が、求心努力を短歌の上に試みたきりである。だから此点から見れば、短歌の匂いを襲《つ》いで、而も釈教歌から展開して来たさび[#「さび」に傍点]を、凡人生活の上に移して基調とした芭蕉の出た所以《ゆえん》も、納得がゆく。同時に長い年月を空費した短歌から見ると、江戸の俳句の行きあしは遥かに進んで居る。
而も俳句がさび[#「さび」に傍点]を芸の醍醐味《だいごみ》とし、人生に「ほっとした」味を寂しく哄笑《こうしょう》して居る外なかった間に、短歌は自覚して来て、値うちの多い作物を多く出した。が、批評家は思うたようには現れなかった。個性の内の拍子に乗って
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