思ひます。此点は、世阿弥十六部集を読む人々に特に御注意を願はねばならぬ処で、田楽・曲舞などに対する穏かな理会のある態度は、かうして始めてわかるのです。呪師猿楽と並称せられた呪師の本芸が、田楽師の芸を成立させると同時に、猿楽は能と狂言とを重にうけ持つ様になつて行つたのです。だから、総括して、田楽法師と見られてゐる者の中にも、正確には、猿楽師も含まれてゐた事は考へてよいと思ひます。林田楽など言ひました曳き物も、ひよつとすれば、田楽師のもどき方[#「もどき方」に傍線]なる猿楽師(近江)の方から出たもので、松ばやし[#「松ばやし」に傍線]と一つ物と言ふ事はさしつかへないかも知れませぬ。
猿楽はもどき役[#「もどき役」に傍線]として、久しい歴史の記憶から、存外、脇方を重んじてゐるのかも知れません。柳営の慶賀に行はれた開口《カイコウ》は、脇方の為事で、能役者名誉の役目でありました。而も、田楽の方にも、此があつて、奈良の御祭りには行はれました。高野博士が採集して居られる比擬開口《モドキカイコウ》といふのが此です。だから、開口に、まじめなのと戯れたのと二つがあつた、と見る人もありさうですが、私はさうは
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