[#「山づと」に傍線]と取り易へて、里の品物、食料などを多く持ち還つたからでせう。其に、其容れ物の、一種異様な物であつた印象がくつゝいたのだらうと思ひます。
古代には、市[#「市」に白丸傍点]といはれる処は、大抵山近い処にありました。磯城長尾市[#(ノ)]宿禰と言ふ家は、長い丘《ヲ》の末に、市があつた為でせう。此が、穴師の山人の初めと言はれる人です。布留の市もさうで、大倭の社に関係があります。河内の餌香《ヱガ》の市などは、やゝ山遠くなつてゐます。これなどは、商行為としての交易場だつたのでせう。「うまさけ餌香の市に、価もてかはず(顕宗紀・室寿詞)」などあるのも、市が物々交換を行うた時代を見せてゐるのです。山祇系に大市姫があり、伝説では、山姥の名にもなつてゐます。此はみな、市と冬祭りと山姥との聯絡を見せてゐるのです。此交易の行事が、祭りの日の鷽換《ウソカ》へ行事や、舞人の装身具・作り山などについた物を奪ひ合ふ式にもなつて行つたのです。
足柄明神の神遊びは、東遊《アヅマアソ》びの基礎になつた様です。此神遊びを舞ふ巫女が、足柄の山姥です。神を育てるものとの信仰が残つて、坂田金時の母だとされてゐます。其に、此山姥の舞は、代表的の「山舞」とせられて、東遊びと共に、畿内の大社にも行はれました。山舞を演ずる「座」や「村」の間には、其が伝はつて来たでせう。山づと[#「山づと」に傍線]は物忌みのしるし[#「しるし」に傍線]として、家の内外に懸けられます。浄められた村の人々は、神の物となつた家の内に、忌み籠るのです。此が正月飾りの起りです。標め縄も、山野や木に張り廻すものです。唯、ほんだはら[#「ほんだはら」に傍線]一品は古くから用ゐられてゐますが、海の禊ぎをついだしるし[#「しるし」に傍線]なのです。山人の鎮魂に、昆布・田作・蝦などが用ゐられる様になつたのも、海の関係がないとは思はれません。京では歳暮に姥たゝ[#「姥たゝ」に傍線]といふ乞食が、出たと言ひます。此もさうした者ではないでせうか。節季候《セキゾロ》といふ年の暮を知らして来る乞食も、山のことぶれ[#「山のことぶれ」に傍線]の一種の役なる事は、其扮装から知れます。山の神を女神だと言ふのは、山姥を神と観じたのです。斎女王の野[#(ノ)]宮ごもり[#「野[#(ノ)]宮ごもり」に傍線]には、かうした山の巫女の生活法が、ある点までは見え
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