しがり、柏の葉に粟の飯を分けてあたへた。「其御代より、志は木の葉に包め、と申すなる」と説明してゐる。
情を喜び、苗字を問ふと、弟せんちよ[#「せんちよ」に傍線]が「之はきよすのはん[#「きよすのはん」に傍線]と申すなる」と言ふ。お伴はしたいが、都へ出ねばならぬから、と別れて上つた。扨て其後、
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岩ほの小松をとり持ちて、志賀の峠に植ゑ給ひ、おひ(松に?)せみやう(宣命)を含め給ふ。愛護世に出てめでたくば、枝に枝さき唐崎の千本松と呼ばれよや。愛護空しくなるならば、松も一本《イツポン》葉も一つ、志賀唐崎の一つ松と呼ばれよと、涙と共に穴生《アナホ》の里に出で給ふ。頃は卯月の末つ方、垣根はさもゝ[#「さもゝ」に傍線]の盛となりけるが、若君御覧じて、一つ寵愛なされける。
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処へ、其家の姥が現れて、れいじやの杖[#「れいじやの杖」に傍線]を振り挙げて打たうとした。若は、打たれるのを恥辱に思うて、麻畑に隠れた処が時ならぬ風が吹いて、隠れ処も顕に見えたので「桃のにこう[#「桃のにこう」に傍線]が之を見て、桃をとるだに腹立つに」麻まで蹂み躪つたとて、打擲した。
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若君は、穴生の里に桃成るな。麻は播《マ》くとも苧《ヲ》になるな。嵐ふくな、と申し置かれしより、花は咲けども桃ならず。麻は播けども苧にならず。
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穴生の里は、後世まで呪はれたのである。
それからきりうが滝[#「きりうが滝」に傍線]へ来ると、桜が散つて、愛護の袂に這入る。見ればまだ、蕾の花である。そこで、落ちた花は已に死んだ母上、咲いて居る花は父上、蕾ながら散るものは、此愛護の身の上であると考へて「恨み言書きたしとて、ゆんでのこゆびくひきり、岩の間《ハザマ》に血を溜め」恨み言を書きとめる。
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かみくらやきりうが滝[#「きりうが滝」に傍線]へ身を投げる。語り伝へよ。松のむら立ち
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とう/\若は、身を投げた。其時十五歳とある(五段目)。
滝のほとりにかゝつてゐる小袖を見つけた山法師等が、山の稚児の身投げと誤解して、中堂へ上つて、太鼓の合図で稚児の人数しらべをする。ところが小袖の紋で、若なる事が訣つた。実否を確める為に、二条へ使が行く。さて父・叔父などが集つてしらべると、下褄に恨み言が発見せられ、其末
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