があるが、此は春祭りの側に言ふ。

     二

秋の祭りは、誰もが直ぐ考へる通り、刈り上げの犒ひ祭りである。だが、実際の刈り上げ祭りは、正しくは、仲冬に這入つてから行はれるので、近代までもさうせられてゐる。秋祭りを今一つ狭めて言へば、先人たちも言うた通り、新嘗祭りであるが、此には、前提すべき条件が忘れられてゐる。伊勢両宮の、神自身、神としてきこしめす新嘗に限つた行事の延長なのである。諸国の荷前《ノサキ》の早稲の初穂は、九月上旬には納まつて了ひ、中旬になつて、まづ伊勢に献られ、両宮及び斎宮の喰べはじめられる行事となる。此地方化で、神嘗祭りの為に献つた荷前の残りの初穂を、地方の社々の神も試み喰べられたのが、秋祭りの起りである。早稲の新嘗を享ける神と、家々の新嘗に臨んで、家あるじと共に、おきつ・み・とし[#「おきつ・み・とし」に傍線]の初穂の饗を享ける神とは、別殊のものと考へられて居たのではなからうか。越えてふた月、十一月中旬はじめて、当今主上近親の陵墓に、荷前《ノサキ》[#(ノ)]使を遣し、初穂を捧げられる。此と殆ど同時に、天子の新嘗が行はれる。
奈良以前の東国では、新嘗が年に一度であ
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