が、宮廷に上られる事によつて、中央の神道が地方に普及せられたのである。天皇は神であると同時に、神主でもあるのだから、天子の配膳に仕へ、或は枕席に侍ることもあつた。随つて、天子以外の者が手を触れゝば、重い罰を受けたのである。
さうすると、采女の領巾は、髪を乱さないやうにする為に、用ゐてゐたことは明らかである。隼人も其と同じく、神事に関係してゐた為に、蛇ひれ[#「蛇ひれ」に傍線]・蜈蚣ひれ[#「蜈蚣ひれ」に傍線]と称する様に、まじなひ[#「まじなひ」に傍線]の効力を生じたのである。

     四

かう考へて来ると、蔓草を以て頭を纏ふかづら[#「かづら」に傍線]、布巾を以て頭を被ふ領巾と、二つの系統のある事が訣る。これの合一したのが、桂女の桂まき[#「桂まき」に傍線]である。能や狂言の女形が、後で結んでゐる帯をかつらおび[#「かつらおび」に傍線]と言ふのも、能狂言はもと神事から出たのだから、かづら[#「かづら」に傍線]をしたのである。助六のはちまき[#「はちまき」に傍線]も、初めは小さかつたもので、若衆には、是非とも必要なものだつたのである。此が変遷して、野郎帽子になつたのであらう。
一体演劇は、東・西其出発点を異にしてゐるので、其時分は、或処では紫帽子、或処では桂帯をしてゐたのだ。此処にも、帽子とはちまき[#「はちまき」に傍線]と二通り並ぶ訣だ。女形は後結びのはちまき[#「はちまき」に傍線]をしたが、此がはちまき[#「はちまき」に傍線]の変形とは考へられない。二つが並び行はれてゐたかも知れないのである。神社芸術から出た能・狂言、その要素を含んで現れた歌舞妓は、女歌舞妓の時代から桂帯を著けてをり、若衆歌舞妓になつても、其風を追うてゐる。団十郎は若衆の家であり、助六も若衆である。二代目団十郎から出た曾我[#(ノ)]五郎も若衆である。助六のはちまき[#「はちまき」に傍線]も、実は、狂言の筋以外の、神社芸術をやつてゐた人の服装の約束なのであつた。
上達部《カンダチメ》の意味は、文字からでは訣らぬ。祭時に祓ひ浄める者をかむだち[#「かむだち」に傍線]と言ふ処から見て、まうちぎみ[#「まうちぎみ」に傍線]と共に神事に関係するものであらう。沖縄の紫の帯を著けたまちぎ[#「まちぎ」に傍線]は、まうちぎみ[#「まうちぎみ」に傍線]と同じで、やはり神事に与る。
物部の意義も色々説かれてゐる。外から災を与へる霊魂をもの[#「もの」に傍線]と言ひ、鬼《オニ》は此である。平安朝時代には、鬼のことを「もの」と言うてゐる。自分の霊魂は「たま」である。随つて物部は、外から災する恐しい力を持つた霊魂を、追ひやる部曲と解するのが、本義であらう。
武士のするはちまき[#「はちまき」に傍線]には種々あつて、即、後で立てるもの、前で立てるもの、狂言に出る町の女房などのするもの等、此等は皆、兜を被る時、下に著けるものと同じで、時には烏帽子を被ることもある。はちまき[#「はちまき」に傍線]と烏帽子とは、実は同じもので、戦争に出る人の物忌みの標だつたのである。物忌みをして、敵の持つ力を拒ぐのである。今も片田舎に行くと、お客の前でわざ/\手拭ひを被ることをする地方がある。賓客を神として扱ふ遺風で、此例は沢山ある。
おび[#「おび」に傍線]と、かづら[#「かづら」に傍線]と、手拭ひとは、結局一つである。現に、泉州から曾て私の家に来てゐた若者は、帯のことを帽子と言うてゐた。女は、臨時の物忌みの標に、三尺の布巾を腰に結び、頭に結んだので、帯であると倶に、手拭ひであつたのだ。手拭ひがはちまき[#「はちまき」に傍線]になるのも、不思議はないのである。次に、帯は結んでゐるのが本体か、常はせないのが本体か、即、かづら[#「かづら」に傍線]の類か、領巾の類か、と言ふ事は考へなくてはならぬが、領巾は木綿《ユフ》から出発してゐて、此を纏きつけるところから、かづら[#「かづら」に傍線]と同じ効果を現すもの、と考へてよからうと思ふ。二つの系統の習慣が、一つの帯・手拭ひ・帽子と結びついて、近世の如くに、物忌みの標が更に訣らないところまで進んだのである。



底本:「折口信夫全集 3」中央公論社
   1995(平成7)年4月10日初版発行
底本の親本:「古代研究 民俗学篇第二」大岡山書店
   1930(昭和5)年6月20日
初出:「考古学会例会講演」
   1926(大正15)年6月
※底本の題名の下に書かれている「大正十五年六月、考古学会例会講演筆記」はファイル末の「初出」欄に移しました。
入力:門田裕志
校正:多羅尾伴内
2007年4月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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