られた一つの中心は、桃山時代であつた。当時は、事実此風が、盛んに行はれもしたのであつた。
阿国の念仏踊りを、かぶき[#「かぶき」に傍線]と言ふ様になつたのは、彼女には、いろ/\な演芸種目があつて、其一つに「かぶき踊り」と言ふのがあつたのだと思ふ。
当時の貴族・豪族たちは、何でも、異つたものに目を止めた。阿国も、さうして認められた一人だつたのだ。彼女が京に出て来て、五条の橋詰め・北野の東などに舞台を構へた時に、此等の大名たちは、直に其に目を止めた。彼女が頭を擡げて来たのは、さうした擁護者を得る事が出来たからだつたのである。
彼等の芸を、何故かぶき[#「かぶき」に傍線]と言うたかと言へば、彼等の持つてゐた演芸種目の中に「いざやかぶかん、いざやかぶかん」と言うて踊る踊りがあつて、其から名づけられたものだと思ふ。阿国の演芸では、阿国と名古屋山三との問答があり、それから「いざやかぶかん」になるので、此をかぶき踊り[#「かぶき踊り」に傍線]と言うたらしい。
一二 幇間の前駆
かぶき踊り[#「かぶき踊り」に傍線]の起原は、名古屋山三が教へたとあるが、山三が阿国に教へたのは、早歌であつたらう。山三は、幸若の舞太夫だつたと思ふ。
当時は、幸若舞の最盛んな時代だつたので、舞ひと言へば幸若舞の事を言ふのであつた。其他、舞々・舞太夫、すべて幸若に関したものを言うたのであつた。幸若舞は、千秋万歳に系統を持つ曲舞から出たので、曲舞のうち、武家に好まれたものが、即、幸若舞であつた。随つて、幸若舞には、武張つたものが多い。併し、もと/\、幸若は社寺の芸術だつたのである。
伝説によると、山三は、蒲生氏郷の寵を受けた、当時有名の美少年だつたとあるが、其見出される迄は、建仁寺の西来院に居つたともある。当時、有名な美少年としては、彼の外に、もう一人、秀次の愛を受けた、不破伴作があつた。併し、もと/\、彼等は、ごろつき[#「ごろつき」に傍線]だつたのである。山三は、蒲生家から浪人して後、諸国を廻つたとあるが、彼等は、さうして、主君にありついた時には、其酒席に侍つた。男色は彼等が主君にとり入る一つの手段だつたのである。
すつぱ[#「すつぱ」に傍線]と同じやうな意味を含んだ語に、しよろり[#「しよろり」に傍線]といふものがあつた。やはり、諸国を流浪し、豪族たちの庸兵となつたので、其まゝ臣下となつたものもあつたが、多くは、一時的の臣だつたのである。併し、しよろり[#「しよろり」に傍線]・そろり[#「そろり」に傍線]の語から考へて、此は後の幇間の前駆をなしたもの、と見ることも出来ると思ふ。
日本には、幇間的職分を持つたものは、古くからあつた。王朝時代、貴族に仕へた女房たちの為事と言ふのは、そこの子弟を教育するのが、主なるものとなつてゐたのだが、其教育は、なか/\行き届いたもので、時には、其娘や息子たちの為に、艶書の代筆などをもやつてゐる。此が、後には、男で文筆あるものが替つてやるやうになつた。隠者の文学は、そこから発生した。兼好法師が、師直の為に艶書の代筆をしたといふのは、事実であつたらう。当時では、決して、珍しいことではなかつたのである。
尚、此外に、奴隷から出て、君側に侍つたものがあつた。併し、戦国時代には、すつぱ[#「すつぱ」に傍線]・しよろり[#「しよろり」に傍線]などが侵入して、いつか、此等のものとの間に、歩み寄つた生活をしてゐた。何故、彼等が、其等のものとの間に歩み寄つた生活を為し得たかに就ては、考ふべき点があると思ふ。
一三 異風・乱暴の興味
阿国歌舞妓は、念仏踊りの一変化したもので、幸若舞に系統を持つ、謂はゞ、山三の芸の濃いものであつた。そして、此は初代の阿国の時あつたものではなく、二代の阿国が舞ひ出したのだと思ふ。其訣は、前にも言うた様に、かぶき踊り[#「かぶき踊り」に傍線]は、阿国と、山三の亡霊との間に問答があり、それから「いざやかぶかん」になる。此事実からも考へられると思ふのである。
かぶかん[#「かぶかん」に傍線]とは「あばれよう」と言ふ事である。即、舞ひに狼藉振りを見せたものらしい。後の芝居では、此が六法《ロツパフ》となつて残つてゐる。尚、六法は、前に言うたかぶき者[#「かぶき者」に傍線]の別名ともなり、其一分派には、丹前など言ふものも出来た。共に、あばれ者[#「あばれ者」に傍線]であり、伊達な風をして、市中を練つて歩いたのであつた。「六法はむほふ[#「むほふ」に傍線]とも訓むべし」など言ふやうになつたのは、恐らく、彼等の、さうした行動から出たものであつたらう。
併し、六法は、其以前からもあつた。室町の中期頃に、六法々師と言ふものがあつて、祭礼に練つて歩いた。
京の街では、早くから、祇園祭に異風の行列が流行つた。これのはつ
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