つて、其家は穴太《アナホ》であつたらしくもある。此が伊勢の関まで出てゐたのであらう。彼が最初に連れて出た家来と言ふのは、十人足らずであつたが、いづれも宇治地名を帯びた名を持つてゐる。早雲は、後に追々と勢力を得て、遂に、小田原に根拠を据ゑるやうになつたが、最初は、山伏しとなり、庸兵となりして歩いたものだと思はれる。
更に、古い例としては、小早川氏もさうのやうである。「小」といふ字の付くのは、嫡流に対する小流(妾腹)の意で、小田原在に早川といふ所があるが、土肥実平の分れであつて、山伏し系統の巡遊者となつたものだと考へられる。
これらは古い例であるが、近世には頗多い。併し、あまり名前を挙げて行くことは遠慮しよう。
九 村落制度から生れた親分・子分
かやうに、鎌倉末から戦国時代にかけては、或は山伏しとなり、或は庸兵となつた様な無頼の徒が、非常に多かつたのであつたが、此等の中、織田・豊臣の時代までにしつかりとした擁護者を得なかつたものは、最早、徳川の平定と共に、頭を上げることが出来なくなつて了うた。彼等は、止むを得ず、無職渡世などゝいつて、いばつて博徒となつた。此が侠客の最初である。
何故、彼等は、さうならなければならなかつたか。此には考ふべきことがあると思はれる。若、彼等が単独であつたら、譬へ徳川の平定があらうとも、博徒にはならずとも済せたかも知れない。もう少しは、何とか身の振り方が着いたであらう。けれども彼等には多くの仲間があつた。彼等は、先、其等の仲間・子分の処置に困つた。
此処で、親分・子分のことを一言述べて置くが、彼等の親分・子分は、農村の制度からとつたのだと思はれる。農村には、親方筋・子方筋といふのが幾軒もある。其外檀那筋など言ふのもあるが、親方・子方となると、其子供は親方の養子分となる。出産があれば、戸籍吏に届け出る様に、親方へまで届ける。此親子の関係が、らつぱ[#「らつぱ」に傍線]・すつぱ[#「すつぱ」に傍線]にもある。彼等の団体は、此村落の生活が基礎になつてゐた、と見られるのである。
一〇 人入れ稼業の創始
徳川氏の方でも、天下をとつて、納まると同時に、先、困つたのは、彼等らつぱ[#「らつぱ」に傍線]・すつぱ[#「すつぱ」に傍線]の連衆の処置であつた。此までは、助力を得たのであつたが、関个原・冬・夏の戦ひで、彼等には手を焼いてゐる。其が多勢の子分を連れてやつてくる。而も、彼等は法力を持つてゐる。ひと先、整理をつけなければならぬ時が来たのであつたが、其処置には、全く困惑したやうであつた。
かうして彼等のうち、織田・豊臣の時代までに、しつかりとした擁護者を得て、落ちつく事が出来なかつた者は、再、落ちつく機会を失つて了うたのであつた。
それでも、村落にしつかりとした基礎を持つてゐたものは、まだよかつた。即、彼等は、そこへ帰つて、郷士となつた。
又、彼等の中には、早く江戸を棄て、宗教の名を借りて、悪事を働いた高野聖の様なものもある。其後も、永く旅人を困らせたごまの灰[#「ごまの灰」に傍線]は、高野聖の一種であつた。高野でも、此には困つたので、非事吏などゝ、意味もないやうな名をさへ出したほどである。
彼等の中、最、困つたのは、江戸や大阪・堺などに未練を持つた連衆で、何と子分の始末をすべきか、其が大きな問題であつた。そこで、彼等は、其子分たちを、諸大名の家へ売りつけることを考へた。人入れ稼業は、かうして始つたのである。そして、彼等は所謂侠客となつた。親分・子分の関係は、前に述べた様に、農村の制度からとつたものであるが、今日人口に膾炙してゐる親分・子分は、此人入れ稼業から始つたと見ていゝ。有名な幡随院長兵衛の頃には、もうそんなことはなく、ほんとうの人入れ稼業になつてゐたのであらうが、古くは、其子分を大名の家に売りつけたのであつた。
其を「奴」といつた。奴の名は髪の格好から出たものと思はれる。鬢を薄く、深く剃り込んだ其形が、当時ははいから[#「はいから」に傍線]風であつたのだ。そして、其が江戸で流行を極める様になつた。町奴の称が出来たのは、旗本奴が出来たからであつて、もとは、かぶきもの[#「かぶきもの」に傍線]と言うた。旗本奴もかぶきもの[#「かぶきもの」に傍線]・かぶき衆[#「かぶき衆」に傍線]などいはれたのであつた。併し、後には、此二者が交錯して、かぶき[#「かぶき」に傍線]の中に奴が出る様なことにもなつたのであつた。
一一 かぶき[#「かぶき」に傍線]とかぶき踊り[#「かぶき踊り」に傍線]と
かぶき[#「かぶき」に傍線]と言ふ語が、文献に現れたのは古いが、直接後世と関係したのが見えて来るのは、室町時代からだと思ふ。乱暴する、狼藉する意に用ゐられたのだが、古い用語例らしい。此語の盛んに用ゐ
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